◎「かて(克て)」(動詞)
「かち(勝ち・克ち)」が活用語尾E音の外渉性により客観的対象を主体とする自動表現がなされたもの。自己を維持すること。
「石群(いはむら)を手越(てご)しに越さば越しかてむかも」(『日本書紀』歌謡19:越すことを維持できるだろう→きっと越せる。「手越し」は、多くの人々が並び、次々と手渡しで多数の石(いは)を運ぶ)。
これは「あり(有り)」その他の動詞とともに否定で、「~かてぬ」と、用いられることがほとんどです。
「かくのみ待たばありかつましじ」(万484:完全性を維持して在ることはけして維持できない。どうかなってしまいそうだ、さらには、生きていられない、のような意味になる。この「かつ」は「かて(克て)」の終止形(これは「~ましじ」(けして~ない、の意)の語源と意味に関係します))。
「君をし思(も)へばいねかてぬかも」(万607:熟睡しそれを維持することがない→寝られない(「いね(寝ね)」は熟睡すること))。
「あらたまの伎倍(きへ)の林に汝(な)を立てて行(ゆ)きかつましじ睡眠(い)を先立たね」(万3353:「伎倍(きへ)」は地名のようです。「あらたまの」がなぜ「きへ」にかかるのかはその項(下記※)。林に(たぶん見送っている)お前を立たせたまま行くことなんてできないよ、ゆっくり先におやすみ、のような歌ですが、これは男の歌でしょう。次の3354も男の歌であり、同一人物でしょうか。「伎倍人(きへひと)のまだら衾(ぶすま)に綿さはだ(綿がたくさん)入りなましもの 妹が小床に」(万3354:綿がたくさん入っているだろうに 妹の小さな床に…:そこにいた方が暖かいのに(それなのになぜお前はそんな寒いところに立っていつまでも私を見送っている))。これらの歌は、万3353は、お前を林の中に立たせておくことはできない、その前に一緒に寝よう、万3354は、私も綿になって妹の布団に、あるいは床に、はいりたい、といった解釈がなされていますが、そういう歌ではありません。
※ その項、と言っても調べてみたら2019年8月31日ですね。ここにも簡単に書くと。「あらちあむはの(新路編む葉の)→あらたまの」。「ち(路)」は進行路。「は(葉)」は時間を意味する。これが時間・歳月の進行を意味し、「きへ(来経)」。
◎「かて(糅て)」(動詞)
「かつへ(且経)」。「かつ(且)」は「かちつ」であり何かを維持しつつ、ということ。何かを維持しつつ経過する(経る)、とは、何かを維持しつつその何かに何かをする過程が進行するわけであり、それは、何か(A)に何か(B)を、何か(A)と何か(B)を、混入し混ぜること、を意味する。「あへ(和へ)」は一体化させますが、「かつへ(且経)→かて(糅て)」は、それぞれの個性を維持したまま物的に一体の状態にする。つまり、「かて(糅て)」は、何か(A)に何か(B)を、何か(A)と何か(B)を、混入し混ぜること。
「沈水(ぢむ)、淡路嶋(あはぢのしま)に漂着(よ)れり、其(そ)の大(おほ)きさ一圍(ひといだき)。嶋人(しまびと)、沈水(ぢむ)といふことを知(し)らずして、薪(たきぎ)に交(か)てて竈(かまど)に燒(た)く」(『日本書紀』:「沈水(ヂム)」を他の雑木と混ぜて竈で薪にした。「沈水(ヂム)」は「沈」の音(オン)であり、「沈香」とも言われる香木。「沈水」と書かれるのはこの木は水に沈むから。「大(おほ)きさ一圍(ひといだき)」は直径30センチ弱の樹木ということ)。
「和 カツ 交也」(『色葉字類抄』)。
「かててくはへて(糅てて加へて)」。
※ 昨日(4月13日)の 「かつを(鰹)」の語源 に関してなのですが、そこに黄遵憲 著『日本雜事詩』の一文が書かれています。ちょっと調べてみたのですが、明治13年5月出版者・早乙女要作とされる『日本雜事詩』には「堅魚,名加追沃,漢名未詳,或書作鰹字」の部分周辺(日本の食べ物だの雅楽だののことが書かれた部分)がごっそりと抜けています(つまり、その書を見てもそのような記述はないです)。その、出版者・早乙女要作『日本雜事詩』に現れる「花茵重疊有輝光…」の詩から「金魚紫袋上場時…」の詩までの間がすべて抜けています。
(以下は明治13年(1880年)の出版物の出版書誌ですが、出版社・出版屋というものがありませんね。出版は具体的な生の、ある人の責任です)
『日本雜事詩』
著者 黄遵憲
出版人 早乙女要作
(売捌所) 売捌書肆(うりさばきショシ) 和泉屋市兵衛・丸屋善七・博文社など24書肆
出版 明治13年4月30日版権免許 明治13年5月25日出版