古くは「かきつはた」と清音。「かきつはた(青蝶)」。青土(あをに)を意味する「かきつに」という言葉があります(下記『常陸国風土記』)。この言葉は東国のものらしい。「かきつ」は「かきつち(描き土)」であり、さらにそこに塗料を意味する「に」が付されている。『常陸国風土記』によればその色は「如青紺」です。「はた」は昆虫の一種の名「テフ・チョウ(蝶)」の古語であり和語(→「てふ(蝶)」の項)。すなわち「かきつはた(青蝶)」は、青い蝶。その花びらが羽ばたく青い蝶を思わせたことによる名。植物の一種の名。

「所有土色如青紺用畫麗之。(以下細字)俗云阿乎爾或云加支川爾」(『常陸国風土記』「久慈」:あらゆる土の色は青紺の如くであり畫(ヱ)に用いて麗しい。俗に阿乎爾(あをに)と言い、あるいは加支川爾(かきつに)と言う(※))。※ 「青紺」の読みは定まっていませんが、『類聚名義抄』の「紺」の読みに「フタヘ」がある。「フタヘ」は「二重」であり、紅(べに)と藍(あゐ)の重ね染めであり、双方の比率は決まっていない。『新撰字鏡』の「紺」に「深青赤」とある。ようするに濃紫。

「三河の国、八橋(やつはし)といふ所にいたりぬ………その沢にかきつはたいとおもしろく咲きたり」(『伊勢物語』)。

 

この「かきつはた」という語は『万葉集』では枕詞のように用いられ、「衣(きぬ)に摺りつけ」(万1361、万3921)、「につらふ妹(君)」(万1986、万2521)、「開沼(さきぬま)・開沢(さきさは)」(万2818・万3052)にかかる用い方がなされます。この枕詞のような「かきつはた」は、その花のイメージも重ねつつの、「垣(かき)つ蝶(はた)」でしょう。「はた(蝶)」は昆虫たる蝶を意味する古語。「つ」は連体助詞であり、「垣(かき)つ蝶(はた)」とは、垣(かき)に、内と外の限界域に、居る(舞ふ)、蝶。その蝶の舞は漂うようでもあり、ふと方向が変わったりもし、予測がつかず、内へ行くのか(私のところへ来るのか)外へ行くのか(私のところへは来ずどこかへいってしまうのか)という思いになる。そうした、次の一瞬の未来はどうなってしまうのだろうという、未知の未来、次の一瞬の未知の未来への期待と不安が「かきつはた」の花のイメージとともに表現されているのがこの枕詞のような「かきつはた」。

「住吉(すみのえ)の浅沢小野のかきつはた衣(きぬ)にすりつけ着む日知らずも」(万1361:未知の未来にかけるその一瞬はまだこない) 。

「吾のみやかく恋すらむかきつはた丹つらふ妹はいかにかあるらむ」(万1986:妹の思いはどうなるのだろう)。

「かきつはた開沼(さきぬ)の菅(すげ)を笠に縫(ぬ)ひ著(き)む日を待つに年ぞ経にける」 (万2818:未知の未来にかけるその一瞬がある…そう思いつつ年を経てしまった。万2818の「開沼(さきぬ)」や万3052の「開澤(さきさは)」はよく「佐紀沼」「佐紀沢」と書かれ、「佐紀(さき)」は地名とされますが、別に地名というわけでもなく、沼(ぬ)や澤(さは)を思わせつつ「咲きぬ→咲いた」「咲き、さは(多)」がかかっているということでしょう)。