「おほやまととよあきづしま(大やまと豊秋津島)」ということであり、「とよ(豊)」「あきづしま(秋津島)」(下記※)に関してはそれぞれの項参照。この「おほやまととよあきづしま」の「やまと」は地名ではないでしょう。これは「あきづしま」を形容する表現であり、地名であることは表現として不自然です。これは「やあまとよ(彌天響)」(天に果てしなく轟き響く。天(あめ)に届く)という表現。「おほやまととよあきづしま」は、そうした「とよあきづしま(豊秋津島)」だということです。さらに、ここで問題になるのは「島生み」である。

 

※「あきづしま」

古代、日本の一部(大和地方)やその総称的な異称。「あきつひうるしま(飽き終得る島)」。「る」のR音は退化した。飽和の終局を得る島、満たされ尽くす島、の意。ただし「あきづ(蜻蛉)」と同音であることから、この言葉は古くから蜻蛉に関連づけて考えられている。

 

(島生み)

『古事記』のいわゆる「島生み」の基本部分では(その前に「おのごろしま」という基盤的な「しま」が生じているのですが)、「おほやしま(大八島)」と総称する八つの島が生まれ、最後にこの「おほやまととよあきづしま」が生まれます。その前に生まれる七つの島の名を生まれる順に列記すると、「あはぢ(淡路)」「いよ(伊予・四国)」「おき(隠岐)」「つくし(筑紫)」「いき(壱岐)」「つ(対馬)」「さど(佐渡)」となる。この「あはぢ、いよ、おき、つくし、いき、つ、さど」は、「あは路(ぢ:淡(あは)路(ぢ)、希薄な路(みち)」を、「いよよ(いよいよ:「いよよ」という表現は『万葉集』にもある(万793))」、「沖(おき:遥か彼方の果て)」を、「尽(つ)くし(て)」(果てしなくどこまでも)、「行(い)きつ」(行きながら)、「さちとよ(幸豊)」(果てしない幸(さち)→「さど(佐渡)」の項)になります。あは路いよよ沖尽くし行きつ幸豊(さちとよ)。「あはぢ(淡路))」を、どこまでもどこまでも果てしなく行き幸福へ……。淡路(あはぢ)が確信ある豊かで幸福に満ちた路(みち)となる。世界があるとはそういうことなのだ、ということです。それが、遠い太古、自分はなぜこの世に、この世界にいるのか、自分はなぜここにいるのか、なぜこの世界はあるのか、という問(とひ)のわいた者に伝えられた神の声、神の思いだったのです。それが語られ、伝承され、書かれ、後世では「神話」と呼ばれる。空間が問題なのではありません。世界が生まれることに込められた神のメッセージ―それが問題なのです。