「おほくやみみ(多く闇見)」の音変化。沢山で闇に見ているもの、の意。まるで闇が見ているような表現である。闇の中に多くの目がこちらを見ているのである。これは犬に似た動物の名であるが、夜行性であり、ほとんどの場合、群れで活動する。その沢山の目が闇の中で光るものたち、ということである。「おほかめ」とも言う。これは「おほくやみみめ(多く闇見目)」。たくさん闇に見る目がある(もの)、の意。
「『…今(いま)陛下(きみ)、嗔猪(しし)の故(ゆゑ)を以(も)て舍人(とねり)を斬(き)りたまふ、陛下(きみ)譬(たと)へば豺狼(おほかみ)に異(け)なること無(な)し』」(『日本書紀』:これは、猛(たけ)り狂ったような猪に、ある舎人(とねり)が「性(ひととなり)懦(おぢな)く(臆病で)弱(よわ)くして、樹(き)に緣(のぼ)りて失色(おもへりあやま)りて、五情無主(こころおぞげ)なり」という状態で、「嗔猪(しし)直(ただ)に來(き)て、天皇(すめらみこと)を噬(く)ひまつらむとす」という状態になり、この嗔猪(しし)は天皇がやっつけたそうですが、天皇がこれに怒りその舎人を斬ろうとし、それを皇后が諫(いさ)めた言葉の一部。結局、舎人は斬られず。天皇は、帰路、「善(よ)き言(こと)を得た」と言ったそうです。雄略天皇の話) 。
「狼 ヲホカメ」(『法華経音訓』(室町時代初期))。
この語の語源説はほとんどが「大神(おほかみ)」か「大(おほ)噛(か)み」です。しかし、狼に大伸というほどの評価があるとも思われず、「大(おほ)噛(か)み」に関しては、「おほくちの(大口の)」という枕詞があり、これが「真神(まかみ)」にかかり(万1636、3268)、この「真神(まかみ)」が狼のことで、「大口(おほぐち)」だから「おほかみ(大噛み)」ということらしい。狼を「まがみ」と表現しているものはあるのですが、これは1901年出版の歌集(作者は東京・神田の生まれ)にあるもの。狼が「真(ま)」の、まことの、神であるとも思われない。「おほくちのまかみ(大口の真神)」という表現は、大きな口を開けて「ま(真)」という、自信をもつて明瞭に「ま(真)」と言える、まことの、神(かみ)、ということでしょう。大口の狼や大口で噛む、という意味とは思われません(※)。
※『枕詞燭明抄(まくらことばショクミョウショウ)』という1670年の書に「むかし明日香(アスカ)の地に老狼在て…人を食ふ土民畏れて大口の神といふ 名其住処号大口真神原(その住める処を名づけて大口真神原と号(い)ふ)…云々見風土記」という叙述があり(ただしその「風土記」なるものの原文転写はない。それがどのような書き物なのかも書かれていない)、おおくちのまかみ→大口の真神→狼、という俗伝のようなものは相当に古くからあるのかもしれません(少なくとも江戸時代にあることは確かです)。