◎「うとし(疎し)」(形容詞ク活用)

「うつおほし(空多し)」。何かに関し、空虚感が大きかったり多かったりすること・ものであることを表現します。よく知らなかったり、分かっていなかったりする。

「(男も女も)おのが世々になりにければ、うとくなりにけり」(『伊勢物語』:以前はともに暮らした仲だったが、別々の人生を歩むようになり、疎遠になっていった)。

「枕上なる扇……取りて見などして『うとくおぼい(おぼし)たること』などうちかすめ、うらみなどするに」(『枕草子』:『(疎遠な、避けたがっているような状態で)冷たくなさるんですね』のような、軽口のようなうらみごとのようなことを言った)。

「かつ見れどうとくもあるかな月かげのいたらぬ里もあらじと思へば」(『古今和歌集』:これは『月おもしろし』と凡河内躬恒(おほしこうちのみつね)が訪ねて来た際の紀貫之の歌だそうであるが、こんな見事な月に気付き見せに来るなんて、あなたは全く至らぬところのない人であなたは適わない思いがする、ということか(あの月が私だけのものであったら…、と言ってはいるわけでありますが)。ちなみに、この歌は『伊勢物語』43段・『古今和歌集』1032の応用でしょう)。

「うとき老眼」(「浄瑠璃」:よく見えない老眼)。

「ハテナ。おれは俗事に疎(うと)いからとんと解せぬ」(「滑稽本」)。

「去る者は日日にうとし」(死んだものは日々忘れられていく)。

 

◎「うとうとし(疎疎し)」(形容詞シク活用)

「うとうと」は「うとし(疎し)」(ク活用)の語幹が二つ重なったもの。「あらし(荒し)」「あらあらし(荒荒し)」、「いたし(痛し)」「いたいたし(痛痛し)」のようなシク活用形容詞表現。社会状況的に「うと(疎)」であること、関係に空虚感があること、疎遠であること、を表現する。「もて離れてうとうとしきさまにはもてなし給はざりし」(『源氏物語』:よそよそしく疎遠な様子ではもてなさなかった)。

 

◎「うとうと」

「う」は空虚感を表現しますが、この場合は人の状態の不活性感を表現します。「と」は思念的に何かを確認します(助詞の「と」に同じ)。意識が空虚になり不活性化した状態。その「うと」が二音重なり動態の持続性・恒常性が表現されます。ぼんやりしたり眠くなったりしている状態を表現します。この「うと」は「うとし(疎し)」(上記)のそれとは異なります。

「うとうとと寐(ね)起きながらに湯をわかす」(「俳諧」)。

「うっとり」はこの「うと」の語感が強化されその不活性な状態の深さ、症状の重さが表現されたもの。「別れのつらさにうっとりと、気抜けのごとくよろよろと」(「浄瑠璃」)。

何かに心を奪われ「うっとりする」という言い方もします。