◎「いらっしゃり」
「いらせしやり(入らせ為遣り)」。「いらせ(入らせ)」は「いり(入り)」の使役型他動表現。「し(為)」「やり(遣り)」は動詞。「いらせたまふ(入らせ給ふ)」や「いでさせたまふ(出でさせ給ふ)」のように、動態を、するのではなく、させる、という使役表現することが、相手が特に積極的に気持ちが進み自分からそうしているわけではないがそうしている(そうしてもらっている)、という、その動態主体を尊重しそれに遠慮した、それへの尊敬表現、同時に言語主体の謙譲表現、になります。動詞「やり(遣り)」は動態を放任した表現であり、「~やり」は「わたしにそうしてやってください」のような謙譲表現になります。「いらせしやり(入らせ為遣り)→いらっしゃり」は、上記の使役型他動表現と「やり(遣り)」が重なり「いり(入り)」の、相手を尊重し相手に遠慮し自分を謙譲した表現になります。「~ませ」がついて「いらっしゃりませ・いらっしゃいませ」にも、なる。これは動態移動や移動した動態を表現し、来ることも行くことも、さらには、そうすることで、居ることも、表現し、表現の間接性ゆえに丁寧な、そして自己謙遜的な、表現になります。「こんどいらっしゃってください」「どちらへいらっしゃるんですか?」。或る状態にあることも表現する。「先生は御多忙でいらっしゃいますから…」。子供に言う「こっちへいらっしゃい」などは、命令ではなく、勧誘でしょう。「どなたもよふいらっしゃりました。きつひ御見かぎりでござります」(「洒落本」)。
この「いらっしゃり」は一般に「いり(入り)」の二重の尊敬表現「いらせられ(入らせられ)」の変化と言われるわけですが、これはそれほど重厚な尊敬表現でもなく、音の変化としても不自然に思われます。
◎「いらし」も、「いり(入り)」の使役型他動表現が、「いらせ(入らせ)」という下二段活用型ではなく、四段活用型で表現されているもの。使役型他動表現は、たとえば「取らせ」(下二段活用)でも「取らし」(四段活用)でも、意味は通じます。動詞「し(為)」の使役型他動表現にも「させ」もあれば「さし」もあります→「あへて破り損(ソン)ささぬを孝行の始めとするなり」(「仮名草子」:四段活用。上記の「いらせしやり」も「いらししやり」であっても不自然ではありません)。「どうぞこちらへいらしてください」。