「いようししし(射、世失し獣)」。「うし(失し)」は「うせ(失せ)」の他動表現。喪失させること。射て世を喪失させる獣(しし)、ということなのですが、狩りにおいて目標と定められた獣です。つまり、死ぬと定められた獣。死の定めにおかれた獣(しし)。獣の実態は、事実上ほとんどが、猪(ゐのしし)か鹿(しか)でしょう。「いゆししをつなぐ(追跡する)川経(かはへ:川沿い)の若草の」(『日本書紀』斉明天皇四年五月)。「いゆししの心をいたみ」(万1804)。「いゆししの行きも死なむと」(万3344:いゆししの行きを行き、死のうと(私も死のうと)、ということ)。この「いゆしし」は死んでいくもの、死が定められたものを表現する慣用的な表現になっていたようです。「いゆししの」が何かの語が引き出される枕詞というわけではありません(枕詞としている辞書もあります)。前記の歌はすべて挽歌です。『日本書紀』のそれは老いた斉明天皇(女性)が幼くして死んだ建王(たけるのみこ)を思っています。