◎「いやちこ」
「いやちかほ(弥近炎)」。炎(ほのほ)が目の前に現れたような状態であることを言っています。暗い中で視野が明瞭になり、すべてが明瞭に見える。明瞭・明白な状態にあること、何事かが驚くほど明瞭であることを表現します。
「理實(ことわり)灼然(いやちこ)なり」(『日本書紀』神武天皇・即位前)。
「『灼然 (以下、細字で)灼然 此云以椰知挙(いやちこ)』とのたまふ」(『日本書紀』:事情を聞き『すべて明白にわかった』というようなことを言った)。
「かく灼然(いやちこ)なる奇瑞侍れば…」(『椿説弓張月』(読本))。
◎「いやしくも」
「いやし(卑し)」という形容詞によるによる「いやしくも」という表現があります。形容詞の「…く」は連用形と言われ動態を形容しますが(「美しく咲く」)、「いやしく…」は、廃(し)ひ、廃化して、ということであり(→「いやし(卑し)」の項・3月20日(昨日))、「いやしくも」は、あるはずのないことに(順接)・あるはずのないことだが(逆接)、あってはならないことに(順接) ・あってはならないことだが(逆接)、のような意味になります。形容詞による「…くも」は、「…ことに」という順接表現もあれば「…ことだが」という逆説表現もあります。「悲しくも美しく燃え」は、悲しいことに、という順接ではなく、悲しいことだが、という逆説。「悲しくも無残に負け」は、悲しいことに、という順接。
「我は…いやしくも呉王の下臣と称し軍門に下り…」(『曽我物語』:あってはならないことだが、の逆説)。「苟(いや)しくも自分が一校の留守番を引き受けながら…温泉抔華(など)へ入湯に行く抔(など)と云ふのは…」(『坊ちゃん』夏目漱石:あってはならないことに、の順接)。
これによって、謙譲や、起こるはずのないことが起こっているという、事態の重大さや貴重さが表現されたりもします。「為義いやしくも弓矢の家にむまれて(うまれて)」(『保元物語』:こんな私が尊ぶべき弓矢の家に生まれるなどということはあるはずのないことなのだが生まれて、という逆説の謙譲)。「苟(いやしくも)言ふ所、理に合へしめつれば、尚(な)を天仙の帰敬(キキャウ)を得たり(天界の仙人の敬いを受けた)」(『大慈恩寺三蔵法師伝』:あるはずのないような、それほどの重大貴重なことが起こっているということです)。
「いやしくも」が「苟」の字で書かれるのは、この字には(実態ではない)「かり(仮)」という意味があり、起こるはずのないこと(実態のないこと)が起こっているという意味でこの字が用いられます。