◎動詞「いかり」には似た印象の動詞が三種あります。「いきはやり(息逸り)」・「いきはやり(行き逸り)」・「いかはやり(厳逸り)」。

・「いきはやり(息逸り)」

緊張し息苦しいような思いになり息がたかまること。「はねかづら今する妹(いも)がうら若み笑(ゑ)みみいかりみ着けし紐解く」(万2627)。

・「いきはやり(行き逸り)」

動態や情況の進行に逸(はや)ること。先へ行こうとすること。「少しの水にも国中へいかる」(『川角太閤記』:国中に水が先を急ぐように広がる)。「もう満潮だろう。潮がいかっとる」(愛媛の方言)。

・「いかはやり(厳逸り)」

「いか(厳)」に関しては形容詞「いかし」(ク活用)や「いかめし(厳し)」参照。「いかはやり(厳逸り)→いかり」は、「いか(厳)」の状態で逸(はや)ること、周囲を威圧し威嚇するように心情・言動が興奮し逸(はや)り昂(たかぶ)ること。後世一般化する激情・激昂興奮状態になることを意味する「いかり(怒り)」はこれ。「阿修羅いかれるかたちを出して…」(『宇津保物語』)。物が周囲を威圧するような形状をしていることも表現します。「碁盤の足のいかりさしあがりたるに…」(『宇治拾遺物語』:碁盤の足のごつごつとさしあがった部分に…)。それとおなじような意味で「いかりがた(いかり肩)」の「いかり」はこれ。

 

「いかり」という動詞にはもう一つあります。

◎「いかり(生かり)」

これは動詞「いき(生き)」の他動表現「いけ(活け)」の自動表現。同じような表現としては(漬物を)「つけ(漬け)」の自動表現(漬物が)「つかり(漬かり)」などがあります。「いかり(生かり)」は、生かした状態になっていること。「あたらしき(もったいない)侍の首切ってしまへば、再び生(い)からぬ」(「浄瑠璃」)。「(灰の中で)炭がいかり」という表現もあります。これは炭が怒っているわけではなく、生かした状態に、燃焼している状態に、なっていること。