「アンハイ(安排)」。「排(漢音、ハイ:中華人民共和国音は、パイ)」は、おしのける、除く(排除する)、という意味もありますが、あるべきでないもの・ことを排除し、相対的に、あるべき状態にする、複数の対象をあるべきところに位置させ全体を問題のない、安らかな、安定した状態にする、とりわけ、秩序正しく並べる、といった意味もあり(→排列:順序良く並べる)、「安排」の「排」はそれであり、「安排」は、あるべき、安定的な、あり方で「排」すること、「排」したもの・ことを意味します。「此の沙彌別処に安排せよ」(『正法眼蔵』)。その場合、自分は安定的なあるべきあり方だと思っていても他からはそうは思われないこともあり、人は自然現象や状況に働きかけるものであり、その自然現象などの成り行き、進行により「安排」が良くなることも悪くなることもあります。そして、「あんばい「と言っただけで安定的な、「良い安排」を意味しもします。「扨(さて)塩梅(あんばい)じゃ。味(うま)し味(うま)し」(「浄瑠璃」)。身体の状態を言うこともあります。「頭痛が致しまして、あんばいがわるさに隣のお医者様に見てもらひましたれば…」(「浮世草子」)。
この「あんばい」が料理に関しよく言われるのは、客観的な現象進行の成り行きで「安排」が良くなったり悪くなったりすることが料理において最も日常的で身近だからでしょう。調理に関しては古く「えんばい」も言われ、これはほどよく調和することや調和が重要であることを意味する漢語の「塩梅」であり、これが「塩」の影響でとくに食べ物に関して、言われたのでしょう。「えんばい」が「あんばい」に音が似ているので料理で「あんばい」が言われるとも言われます。そういうことも多少はあったのかも知れませんが、それが決定的原因とは思われません。「塩梅」はむしろ当て字。この表記は料理は塩と梅で味をつけるからとも言われますが、梅で味をつけたり調節したりすることがそれほど一般的とは思われません(漢語の「塩梅」は梅は塩加減が重要、ということでしょう)。
※この項目の前に枕詞「あをはたの」・「あをみづら」があるのですが、前者は「てふ(蝶)」の語源で触れます。後者は「あをみづうら(青水心)」(青く澄んだ水のような心)→良さ見。青く澄んだ水のような心は人や世界の良さを見る、の意。地名「よさみ(依網)」に掛かります。「うら」に関しては「こころ(心)」や「おもひ(思ひ)」のような意味である「うら(裏)」の項。