「あをぬりよし(青塗り良し)」の音変化。「り」のR音は消え「ぬり」が「に」になりました。ここでの「あを(青)」は「あをば(青葉)」などのそれであり、色の名ではありません。「あを(青)」の語源は昨日アップしました。「あをぬりよし(青塗り良し)→あをによし」は、(若葉、若草で)青く塗られた(ような)様子が良い、の意。この枕詞は地名「なら(奈良)」にかかります(古代の奈良はそんな地だったのでしょう)。
「あをによし国内(くぬち)ことごと見せましものを」(万797:新緑に青々とした国の内をことごとく死んだ妻に見せておけばよかった)といった表現もあります。この「万797」は大伴旅人(おほとものたびと)の歌であり彼は大宰府赴任中に妻を亡くしました。この「万797」はその妻をしのんだ歌です(つまり、「あをによし」は奈良を言っているわけではなく、筑紫でしょう)。この歌は山上憶良(やまのうへのおくら)の歌とも言われ、巻五冒頭の目次のような部分にも山上憶良と書いてあるのですが、山上憶良が死んだその人(大伴旅人の妻)を「妹(いも)が見しあふちの花は…」(万798)と歌うのは異様でしょう。山上憶良は歌による道徳教育を担当しているような人です。大伴旅人には有名な「酒を讃(ほ)むる歌」(万338~350)なる歌もあります。これにより、酒をこよなく愛した、などとも言われますが、妻を失ったのち、老いた彼は酒浸(さけびた)りだったということなのではないでしょうか。この大伴旅人は『万葉集』の編集にもかかわっているといわれる大伴家持(おほとものやかもち)の父親です。『万葉集』にある多くの歌は父親が収録し、大伴家持が自然にうけついだのかも知れません。