「あるあかしみえ(或る明かし見え)」。「ある(或る)」は、「ある時」や「ある程度」のような、個別的具体性のない特定感を表現するそれ。「あかし(明かし)」は明かりであり、灯火です。「あるあかしみえ(或る明かし見え)→あらかじめ」は、何らかの明かり、進行の先方を明らかにする明かり、が見え(それにより先がわかり:「見え」に関し後述)、ということであり、これが、前もって、の意になる。「あらかじめ君来まさむと知らませば」(前もって貴方がいらっしゃると知っていたら)。

古くは「(源氏は藤壺に)心ざしを見えたてまつり」といった表現があり、動詞「み(見)」には「みえ(見え)」という他動表現がありました。使役表現は「みせ(見せ)」。他動は他に働きかけ、使役は客観的な対象たる主体にその主体の動態を生じさせます。他に働きかけるという一般的意味では使役も他動です。古くは「みえありき(見え歩き)」(「み(見)」という動態を環境に働きかけながら歩く)という表現もありました。これは後世なら「みせあるき(見せ歩き)」(「み(見)」という動態を環境に生じさせながら歩く)と言います。「あらかじめ言ってくれれば準備するのに」などと言う場合の「あらかじめ」に原意としてある「みえ(見え)」は他動表現です。上記「あらかじめ君来まさむと……」の場合の「見え」は自動表現。

「時に大鷦鷯尊(おほさざきのみこと:仁徳天皇)預(あらかじ)め天皇の色(みおもへり)を察(さと)りて、對(こた)へて言(まを)したまはく…」 (『日本書紀』応神天皇四十年正月)。