「あのはてら(彼の果てら)」。語尾のR音は退化しました。「あ(彼)」は漠然と何かを指し示します(『音語源』「あ(彼)」の項)。「はて(果て)」は何かを経過した方向にあることを表現し、「あのはてら(彼の果てら)」は、特定性・個別性のない情況、そうした情況にあるもの・ことを経過した情況、そうした情況にあるもの・ことを表現します。特定性・個別性がない、とは想的な何かであり、空間的な遠方や、時間的な、想的な世界に入る過去や未来のそれを表現します。「雲のあなたは春にやあるらむ」(これは空間)。「さる方にありつきたりしあなたの年ころは…」(ここでの「~にありつく」は、「~」が一般的な状態になって生活する、のような意。あのころは…と昔のことを想(おも)っています。未来のことを言うこともあります。「目の前に見えぬあなたのこと(将来の事)」)。

これは、あちらの方(ホウ)、のような言い方で、表現が漠然と間接的であるがゆえに尊重感が生じた丁寧な言い方となりつつ、人も指し示し(「いなや、この落窪の君のあなたにの給うふこと(あの方のおっしゃること)に従はず…」)、これは江戸時代には二人称になっていき、「そなた」「こなた」といった二人称はやがて用いられなくなっていきます。