「あへし(合へ為)」。「へ」の脱落。「あへ(合へ)」は「あひ(合ひ)」の他動表現。他方を他方へ合わそうとするような動きを表現したもの。元来は歩行を意味した言葉。「あへしが遅い→足が遅い」。その歩行を意味する言葉が歩行を行う身体の一部の名にもなった。物的器官印象として、人の場合通常、二つあるのですが、常に、相互補完的に双方が動態を生じることにより完全な動態を生じます。双方が完備している状態で一方だけで完全な動態を生じることはほとんどありません。その器官が行う主な動態は、立ち、や、歩き、や、走り、すなわち身体の移動。立つことは社会的な自己維持も意味します。状況の進行状況を言うこともあります→「あまあし(雨脚)」。江戸時代には武士に対する知行(武士に対し俸禄として土地を支給すること、また、支給されたその土地。元来は「知行」は知ることと行うことを意味します。ある土地を知りその土地に関することをいろいろ行うわけです)を「あし」とも言いました。これはその知行で武士が世の中に立つということでしょう。金銭を「あし」(→「おあし」)というのは、「代金(ダイキン)」という言葉になっているところの、「代(ダイ)」を「台(ダイ)」と表現したということか。「台(ダイ)」は乗って立つようなものであり、そこによって立つもの。労働がそこによって立つものが「台(ダイ)」。「台(ダイ)」は、(努力・労働が)それで立つもの、という意味で、「あし(足)」。生活一般がそれで立つという意味で言われれば、金銭を意味する「おあし(御足)」。「亀山殿の御池に大井川の水をまかせられむとて、大井の土民に仰せて、水車を造らせられけり。多くのあしを賜ひて、数日(すじつ)にいとなみ出だしてかけたりけるに、大方めぐらざりければ…」(『徒然草』)。