「あいだてなし」は「アイぢあてなし(愛路あて無し)」の音変化。「あいだて」は「あいだちなし」の「あいだち」の他動表現のような印象を受けますが、無関係です。「あいだちなし」は平安時代にありますが、「あいだてなし」は室町時代頃からなのではないでしょうか。「アイ(愛)」は中国語ですが、その音(オン)は深く強い思いが起こっている際の嘆声に由来するものでしょう。中国語の場合、それをどのような文字で表現するかはまた別の問題であり、「愛」の字は、人が、(胸が)何かでいっぱいになっていたり、進むことが困難になっていたりすることを表す象形です。「ぢ(路)」は路(みち)ですがその語源に関しては『音語源』(後述)の「ち(路)」の項参照。「あて」は動詞「あて(当て・宛て)」の連用形ですが、対象感とそれへの一体感・完成感を表現します。「アイぢあてなし(愛路あて無し)」は、愛の路(みち)はあてにならない、という意味ではありません。それは、愛の路(みち)にあてがない、という意味であり、愛の路にあてがない、とは、愛における、路(みち)という方向と順路を示すものに、対象感とそれへの一体的完成感がない、愛の路にはそれがない、すなわち、愛の路には、そこへたどりつけばそれと一体になりそれが完成する、そこにたどり着けば物事(愛)が完成する目的地のような、何かがない、愛の路には、目標としてそこにたどりつけば愛が完成した(終了した)と言いうる何かはない、ということです。これが、愛の路(みち)を進みながら路(みち)に迷いさまよっているような状態になっていること、何かへの思いに溺れ分別を失ったような状態になっていること、を表現します。愛の路であてが無い状態になっている、ということです。「あいだてなしとも狂気とも、笑はば笑へ言はば言へ」。「あんまり母があいだてない」(子供を無条件に甘やかし可愛がり過ぎると言っています)。

 

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