◎「ひな(雛)」

「雛(ひな)人形」などのそれ。→「ひひな(雛)」の項(下記)。

◎「ひひな(雛)」

「ひひねら(ひ古ね等)」。語尾の「ら」は退行化した。語頭の「ひ」は小ささや弱さを表現する(→「ひ(小・弱)」の項)。続く「ひね(古ね)」は、時期が過ぎ、古びていたり、人なら、老いていたりすることですが(→「ひね(古ね)」の項)、若者なら、老成している、齢(とし)より老(ふ)けている、という意味。語尾の「ら(等)」はそうした情況、そうした情況にあるもの・こと、を意味する。つまり、「ひひねら(ひ古ね等)→ひひな」は、小さな、古(ひ)ねたこと、小さな、齢(とし)より老(ふ)けたこと・もの、という意味ですが、どういうことかというと、非常に幼い子が、小さな人形を相手に、まるで自分がその子(人形)の母親であるかのようにこれの世話をしたり、その人形を扱ったりすることが、年齢不相応の、一人前の大人のような、小さな古(ひ)ね、幼い小さな子の古(ひ)ねだということ。幼い子のそうした遊びが「ひひな遊び」であり、その人形が「ひひな人形」であり、その人形の周囲には人形用の小さな日常生活道具なども用意されるかもしれないそれらによる遊戯全体が「ひひなごと」にもなる。この語は「ひゐな」、「ひいな」、「ひな」になる。

この「ひひな」という語が、後世、三月三日の「雛(ひな)祭り」、「雛(ひな)人形」という語になっていくわけですが、そうなった理由は、五月五日・端午(たんご)の節句は、季節がらということもあり、「菖蒲(しゃうぶ)の節句」と言われ、これが「尚武(しゃうぶ)」(武を重んじる)と同音連想し、武家の時代にこれが男の子の日となり、男があるなら女もなければということで、季節がら「桃の節句」と言われる三月三日が、桃は美しくもあり花やかなので、「桃の節句」たる女の子の日となり、端午の節句には鯉のぼりをあげ兜を飾るなどし、桃の節句には、古来、女の子を中心にした玩具になっていた「ひな人形」やその調度品などが飾られた…そういうことなのでしょう。そうなる以前、三月三日は古くから「上巳(じゃうし)の節句」といい、祓(はら)へや宴などがあった。その「上巳(じゃうし)の節句」が「桃の節句」とも言われたわけです。「段飾り」(江戸)・「御殿飾り」(京阪)の「お雛様(ひなさま)」の全体の様式が整っていくのは江戸時代です。様式としては、京阪の「御殿飾り」が平安時代の「ひひなあそび」に近いものでしょう。

「ひいなあそひにもゑかい(絵かき)給ふにも源氏のきみとつくりいてゝ(いでて)、きよらなるきぬきせ(衣着せ)かしつき給ふ」(『源氏物語』:人形に服を着せている)。

「いつしか、ひゐなをしすゑ(押し据え)そゝきゐたまへる。三尺のみつし(御厨子)ひとよろひ(一具)にしなしな(品品)しつらひすへて又ちひさきやとも(屋ども)つくりあつめてたてまつり給へるを所せきまてあそひひろけたまへり」」(『源氏物語』:小さな家をいくつも立てて「ひひな遊び」をしている)。

「いとうつくしけにひゝなのやうなる御有様を夢の心ちしてみたてまつるにも…」(『源氏物語』)。

「とおにあまりぬる人はひゝなあそひはいみ侍(はべる)ものを」(『源氏物語』:十歳も過ぎたら「ひひな遊び」はやらなくなるものなのに)。

「すぎにしかた恋しきもの。枯れたる葵(あふひ)。ひひなあそびの調度」(『枕草子』)。

 

◎「ひな(雛)」

「鶏(にはとり)の雛(ひな)」などのそれ。「ひなは(「ひ」な羽)」。「ひ」は小ささや弱さを表現する。「な」はその均質化により属性規定を表現する「な」→「な(助・副)」の項。「ひなは(「ひ」な羽)→ひな」は、弱く小さな羽根のもの、生まれて間もない、あまり日の経過していない、鳥の子、を意味する。幼い鳥の子が原意であるが、応用的に他の動物を言うこともあり→「ひな駒(こま)」、応用的に、成体たる何かに対するその小さなものを言うこともある→「ひながた(雛型)」。語頭に「ひ」のついている「ひひな(雛)」も音が略され「ひな」と言うが、語源はことなる→「ひな人形」。

「相摸國司(さがむのくにのみこともち)赤烏鶵(あかきからすのひな)二隻(ふたつ)獻(たてまつ)れり」(『日本書紀』)。

「雛 ……………鳥子生能噣食謂之雛(自分で食べて生きていける鳥の子を雛(スウ)という)……和名比奈」(『和名類聚鈔』:「噣(チュウ・タク)」は『廣韻』に「鳥口」とある字)。