「愉快」
みなさんが愉快を感じる瞬間とはどんな時ですか?
今日はそれを考えながらお読みください。
それでは、本文にはいろう。
生と死は玄妙すぎてとらえどころがない。
宗教でさえ、これを考える過ぎることを諌めている。
生死とは難しすぎて、真剣に解こうとすると
廃人になってしまうからだろう。
難しすぎる証明を解こうとする数学者のように。
そんな生と死の鍋底をぶちぬいた男がいる。
その人の名は
「水木しげる」
日本人で知らぬものは居ない(と思う)
漫画家である。
代表作
「ゲゲゲの鬼太郎」
「悪魔くん」
など多数。
それでは紹介しよう。
これは、私の尊敬する「呉智英」先生の著作
「犬儒派だもの」からの引用である。
水木しげるのラバウル通いが始まった頃、私にこんな話をした。
「以前は自分は、戦地だったところへ行きたがる者の心境が
理解できなかったですよ。食うものも満足になく、餓死した戦友
も多くいる。当人も九死に一生で助かっている。辛く苦しい思い
でしかない。そんな戦地に、戦後二十年も三十年もたって
なぜわざわざ行くのか」
水木しげるは、かつてはそういう人たちの気持ちが
理解できなかった、と語る。
「しかし、自分はラバウルへ行って初めてわかったんです。
自分はあの戦争で生き残った。日本へ還ってこられた。
でも、戦友たちは食料も薬もなく、ここで死んでいった。
そして、自分だけ、今では何でも食べられて生きている。
そう思うとですなぁ・・・・・・」
戦争体験者は、誰でも自責の念を語る。
シベリア抑留体験のある詩人石原吉郎は、
それをあえて逆転させ「死者におれたちがとむらわれるときだ」
(礼節)と詩った。今、水木しげるは、
戦後初めてラバウルを再訪した日のことを
私に語っている。死んでいった戦友たち、生きのびた自分。
「戦友たちは、うまいものも食えずに若くして
死んでいったんですよ。その戦地に立って、
ああ、自分はこうして生きていると思うとですなぁ」
水木しげるは確信を込めて言った。
「そう思うとですなぁ、愉快になるんですよ」
私は遠慮なく笑い転げた。目から涙がほとばしった。
笑いは止まらないままであった。
「ええ、あんた、愉快になるんですよ。
生きとるんですよ、ええ。ラバウルに行ってみて、
初めてわかりました」
これほど力強い生命賛歌を私は知らない。
生きていることほど愉快なことがこの世にあろうか。
歴史は死者で満ちている。
しかし、自分は生きているのだ。
なんと愉快なことだろう。
地方出身者特有の古風な訛りで、水木しげるは愉快そうに
「ゆくゎい」と言った。
引用ここまで。
今回はあえて注釈はつけない。
玄妙すぎて、私ごときが注釈できものでもないし、
するべきものでもないと思うからである。
読んだ貴方がこれをどう感じるか?
どう考えるかに任せたいと思う。
が、最後にこれだけはいいたい。
さすが、「呉智英」先生である。
私は、これを読んで「愉快」になった。