今日、新聞にこんな記事が乗っていた。
抜粋して紹介する。
母娘の無理心中「いじめが原因」
仙台、父親が調査要望
仙台市で母親が小学2年の女児と昨年11月に
無理心中したのは、いじめと学校側の対応が原因だとして、
女児の父親が21日、市教育委員会に第三者委員会を設置して
調査するよう求める要望書を提出した。父親は
「学校側が適切に対応せず、娘と妻は精神的に
追い込まれていった」と主張している。
父親によると、女児は昨年5月に同級生2人からいじめを
受けていることが発覚。以降、腹痛などの体調不良を訴え、
学校を休んだり、校長室に登校したりしていた。
学校はいじめと認定したが状況は改善せず、女児は8月
「しにたいよ」などと書いた手紙を両親に渡した。
母親は秋ごろから眠れなくなり、体調を崩して通院するように
なったという。母親は繰り返し学校や市教委に相談していたが、
学校側は、いじめ防止対策推進法で規定する「重大事態」と
認定していなかった。
これが事件の概要である。
今回のケースで最も不幸だったことがある。
それは、この母親の存在である。
私は、、小中学校などは所謂「犬猫学校」であり、
しつけの行き届かない子供は、犬か猫と同じであるという
「当たり前」が共有されていないことが問題の根幹であると
感じている。
あまつさえこの母親は、最悪なことに子供と世界観を同調させ、
終わりなき不幸として、「いじめごとき」を捉えてしまったのである。
ちょっと考えてみてほしい、
このいじめっ子と称する奴らのしょうもない行為が、
一体いつまで続くのだろうか?
彼らはいうなればしつけの行き届かない犬であるが、
それを大人になってまでやっているだろうか?
そのまま大人になれば、
危険運転致死傷罪で起訴された、石橋和歩被告のような
存在として、早晩パージされるはずである。
日本の社会というのはその程度には正常である。
これは2つの要素をはらんでいる。
ひとつめは、いじめが風邪と同様の一過性のものであること。
つまり、大抵の人間はある段階でこうした幼稚な行為をやめる。
ふたつめは、いじめっ子とは、
しつけの行き届いていない犬である。
貴方は犬に噛まれて自殺を考えるだろうか?
親ならば子供に対して、このようにきちんと説明するべきだった。
つまり、犬に噛まれて自殺するのか?
あるいは、風邪に罹って自殺するのか?と。
無論、どちらもその時は辛いだろうが、後になればそれが
貴方の人生に本当の痛みをもたらすものではないのである。
こうした大枠の説明すらできず、挙句に無理心中とは。
全く情けない限りである。これでは子供は救われない。
また、私が最も問題だと思うのは、こうした問題が発覚した時の
マスコミの姿勢である。
論調としては、被害者(自殺者)に同情し、加害者や学校の対応を
批判する。
それは、ほんとに正しい対応だろうか?
私は、そうしたことをする前にまずはっきりと、
「いじめ自殺するような人間は、バカである」とはっきり言うべきである。
なぜか?
そうしなけば、こうした自殺が打ち続くことになるからである。
いじめを受けている生徒はこう考えるだろう。
「自分が死ねば、自分の苦境がみんなにわかってもらえるだろう」
「自分が死ねば、加害者や学校が糾弾される」と。
自分でできない復讐が、メディアの力で行なわれるだろうと。
これは間違ったメッセージの発信である。
また、マスコミは加害者を徹底糾弾する。
多数(世論)が少数(加害者)を糾弾し追い詰める。
これは「いじめ」の構造そのものであり、「いじめ」を批判しつつ、
自らが「いじめ」を行うという「ねじれ」を生じてしまうのである。
大体、それすらメディアの「尺稼ぎ」に過ぎない。
別のニュースが入れば速攻で忘れられる。
そんなくだらないことのために君は命を賭けるのか?
先天性異常や、難病で生きたくても生きられない奴は
ゴロゴロいる。
そうした人間と比べて君はそんなに悲劇的なのか?と。
人間は自分の運命を選べない。
それは非情なことであるが厳然たる事実である。
だから私は言うのである。
「いじめで自殺する奴はバカである。」と。
最後にこれは総括になるが、
私は、いじめ問題の根源は、誤った「人権教育」にあると考える。
そもそも、「人権」とは、なんだろうか?
それは、
「国家」や「企業」という強大な権力に対して「無力な個人」を
護るものそれが、「人権」である。
つまり、「○○の人権」というような用法自体がおかしいのである。
「○○の人権」という場合それは「○○の特権」と同義である。
用法の基本的例を紹介しよう。
「警察官による人権蹂躙」は正しい。国家権力と個人の関係であり
「人権」は守られなければならない。
「いじめっ子による人権蹂躙」は誤り。個人対個人は常に自然状態で
対立の関係である。「普遍的人権」
(人間関係には尊重されるべき物が最初からあるという妄想)
などない。
気に入らなければ実力行使するか、公法に
照らして問題があるなら、通報するなりすれば良い。
個人対個人は常に闘争関係なのだ。
貴方以外に貴方を護るものなどありはしない。
とはっきり教えるべきである。
「子供の人権」などというわけのわからない概念を投入するから、
指導の際に、いじめっ子にも人権があるなどという妄言が生まれ
所詮犬猫に過ぎない対象に対して、人間様同様の対応を求められる
のである。全く馬鹿げている。
そのくせ、事件発覚後は、メディアで加害者を叩き放題である。
個人対メディアの関係では、当然に「人権」が尊重されるべきであるが
(メディアは相対的に個人より圧倒的に強いから)
それは毎度無視されている。おかげで家族まで追い詰められ、
失業や一家離散にまで追い込まれてしまうのである。
人権の解釈が全く間違っている。これが問題の根源である。