昨今話題のクオータ制度について考察してみた。

すでに一部官庁などでは導入されている、男女の構成比率を強制的に同数に近づける仕組みのことである。

ざっくりいうと、女と男で同じ条件の試験を課すと、圧倒的に男が多くなってしまうという問題を解消するべく、男女で合格の線を分けるという
仕組みらしい。

 

これが、公正なのかということでもめているらしい。

 

機会の平等という事ならば、現行の試験制度においても、当然女性にも受験資格はあるし、もちろん首席合格も可能である。

つまりすでに満たされている。では、結果の平等というほうに目を向けると、9:1くらいの比率で男性合格者が多くなっているそうである。

 

つまり、機会の平等ではあっても、結果として平等ではないということが問題視されているらしいのである。

そして、これを是正するために強制的に女性は女性の水準で合格者を決めて、男性は男性の水準で合格者を決めるということになるらしい。

 

これは、公正といえるのだろうか?

いかに私が抱いた疑問点を上げてみる。

 

1 結果的に男性側は今より「狭き門」を目指すこととなる。

2 仕事の品質が相対的に下がる可能性が高い。

3 結果として、性差別がもっと深刻化してしまう恐れがある。(男性は難化試験を、女性は易化試験)

 

また、結果として量は増えるかもしれないが、女性は永遠に男性に勝てないということを半ば認めるようなものである。下駄を履かせてもらうということはそういうい事である。

 

話は全く変わるが将棋会で里見香奈女流五冠という女性の中ではぶっちぎりに将棋の強い女性が、男性プロとおなじ試験を受け続けたが結果断念するということになった。彼女は夢破れたが、それでなにか言い訳をしただろうか?彼女の行為は、女性の地位を貶めただろうか?

 

大体、試験の結果9:1になるというなら、問題は男女比云々ではなく、試験内容にあると見ないのだろうか?どうせなら、女性が得意な分野の問題をもっと盛り込むように働きかけるとか、そういう対策はしないのか?

 

大体、この種の結果の平等を求めるなら、頭が悪い人(指標として何を取るかはあれだとしても、例えば知能指数が80以下とか)

の中からも、高級官僚を出してほしいという要求が澎湃として噴出したら、これらの要求にもきちんと応えるつもりなのかね??