最近は風もずいぶん冷たくなってきた。
彼女の部屋から運び出してきた荷物が妙に重い。
あの日、遠ざかるヒールの音を聞きながら、すべきことは何かと考えた。
たとえば、やつを殴りに行く。
たとえば、彼女を追いかけ、追及する。
いっそ、全部なかったことにして黙って部屋で煙草を吸って彼女の帰りを待つ。
どれも、非現実的だった。
第一僕は奴が誰なのか知らないし、彼女はすでに姿を消していた。
聞いてしまった以上、なかったことにして忘れるのも無理そうだ。
とりあえず煙草を買いに家を出た。
公園で子供らが黄色い声をあげてはしゃいでいた。
僕の心の中は風の吹きすさぶ荒野のようなのに、なんと平和なことか。
「くそっ」
つい口から出たささやかな悪態を聞いてしまったらしい通りすがりの老婆が目を丸くした。
彼女が浮気をした。
僕以外の誰かに抱かれた。
僕はそれが許せない。
彼女を愛しているから?
なんだか違うような気がした。
「ただいま」
無人の家に呟くような小さな声で彼女が帰宅を知らせた。
彼女の体が今にも消えそうな蝋燭の火のようにゆらゆらと揺れていた。
「酔ってるのか?」
「酔ってます」
彼女は僕の目も見ずに答えた。
逃れるようにふらりと靴を脱いで、リビングに向かう彼女を引きとめる。
アルコールのせいか目のふちがほんのりと赤い。
泣きそうにうるんだ瞳や色づいた目元、おぼつかない足取り。
やつが欲情したであろう彼女の姿を目の当たりにして納得する。
僕は彼女の唇にかみついた。
「あいつはもっと優しかったのか?」
彼女のコートを脱がせ、スカートの裾から手を入れ
「あいつはどうした、こうしたか」と繰り返し尋ねる。
もはや酔っ払いの絡みみたいだ。執拗でたちが悪い。でも止められなかった。
彼女は激しく抵抗したが、僕は彼女が壊れるほど力を込めて手首を
壁に押し付けて拘束し、服の上から胸を掴み、下着の隙間から指を入れ蜜壺の入り口を探した。
彼女の喘ぎ声は苦痛によるものだろう。
嫌だと言われるほどに僕は熱に浮かされた。
「やめてっ」
彼女の声に僕は我に返った。
壁に押さえつけていた彼女の手首には、白く僕の指の跡が残っていた。
「ごめん、悪かった・・・」
「ねえ、別れようよ。」
彼女は手首をさすりながらいった。
恋なんて甘い時期は終わっていた。惰性で一緒に暮らしていた。
僕は彼女ではない誰かに欲情し、彼女はそんなことも知らずに粛々と日々を過ごす。
そういうのが日常で、このまま恋人というより同居人という方が
ふさわしいような毎日が続くような気がしていた。
それを終えようと彼女が言う。
「愛していないくせに嫉妬だけはするのね」
酔いに任せて、加減しない彼女の声はうるさかった。