誰もいない廊下というのは開放感がある。
ただまっすぐな道が私のために伸びているようなそういう感覚。
私は上機嫌で鼻歌などを口ずさんでみる。
「ご機嫌ですね」
突然、声をかけられて私は飛び上がった。
振り向くと杜松がいつもの猫背で立っていた。
昨日のことがフラッシュバックする。
夢と現のはざまでチャイムをいくつか聞き、養護教員の
執拗な睡眠妨害を意図的に無視し、気づいたら放課後になっていた。
寝すぎたのか少し頭がぼんやりとしている。
養護教員が不機嫌な顔で小言を言うから、はいはいと頷いておく。
親切なクラスメイトがかばんを持ってきてくれたらしい。
放課後は教室を施錠するので、鍵をとりに行く手間が省けてラッキーだった。

保健室を出るとグラウンドから運動部のかけ声が聞こえた。
文化部はそれぞれの部室にこもってあれこれやっているのだろう。
校内は静かだった。
保健室のある3棟の校舎は図書室などの特別教室のほかに
教科準備室なんて利用価値の分からない部屋がいくつもある。
教室のそばに保健室を置かないのは、そう簡単に来るんじゃねえという
意思表示なんじゃないかと、私は疑っている。
残念ながら、優等生は多少気分が悪くともその行きにくさにためらい
仮病使いの劣等生は労を惜しまず足しげく通っているのが現状だ。

電車でばったりと友人とその彼氏に出くわした。
何食わぬ顔でおはようと言い合う。私も彼もなかなか演技派だ。
こうやって何もなかったように振舞っておいて後でばれたら
とんでもないことになりそうで更に憂鬱になる。

教室に入り、授業を受け、昼食をとり、また授業。
何事もなく一日を消化していく。
まだ杜松の姿は見ていないが杞憂だったのかもしれない。
そう思うと気が抜け、春めいてきた日差しの暖かさと昼食の満腹感で眠くなった。
私は仮病を使って保健室の清潔で居心地のいいベッドにもぐりこんだ。

少し夢を見た。
夢を見ていたと自覚した途端に忘れてしまったが
間違いなく淫らな夢で、現実と錯覚した体が反応していた。
こんなことで濡れるのかと自分の体ながらに感心する。
きっと欲求不満だ。してみたくてしょうがないのにそこに辿り着かない。