小説 雲出流(くもいづる) 第1回 | 出雲@AGO★GOのブログ

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これまでテーマの一つとして「妄想☆考古学」を綴ってきましたが、それを一つのストーリーにしてみました。

集英社のノベル大賞に応募したのですが、残念ながら3次審査で落ちてしまいました。

他に発表する場もないので、8月中に12回にわたって掲載させていただきます。

出雲の主要な神社を巡る物語となっており、ラストに凄い発見があります。お楽しみに。
 

では、はじまりはじまり

 

 

第一章 雲いづる国へ
0 プロローグ

 窓のない無機質な研究室の中、数人のオジサンに混ざって、見習い助手の女の子が一人、雑用に追われていた。
 藤原真琴 24歳 国立歴史研究所に勤務する、まだ新米の研究員。
「さあ、今日の実験はここまでにしよう。みんな検体を構成する材料のデータを保存して、各自の研究に役立ててくれ。藤原くん、後片付けは頼んだよ。あと、明日は重要な実験をするから装置の点検も怠らないように」
 そう言って室長を先頭に、オジサン達は研究室から出て行った。
「ハァ、またこれをか弱い女一人に片付けさせるわけ?パワハラもいいとこだよ」
 マコトは、溜息まじりに独り言を呟いた。
 ひと通り片付けを終えると、今度は明日使う装置を倉庫から運び出した。
「ハァ、このミューオン非破壊分析装置は調整に手間が掛かるから、何処かに固定して使えばいいのに、もう」
 マコトは口を尖らせて一人愚痴を吐いた。
「ハァ、私は一体何をやってんだろう?」
 歴史が好きで大学の文学部の歴史学科を卒業して、何気なくこの研究所に入ったマコトは、特別な将来の展望もないまま、1年と数か月が過ぎていた。

 一方その頃、とある女子高の教室では、終業のチャイムが鳴り響いていた。
「はい夏期講習は今日でおしまい。2学期からは源氏物語に入るから、余裕がある時に目を通しておいてね」
 海部伊織 24歳 都内の女子高で古典の教師をしている。
「起立、礼」
「ありがとうございました」
 「やっと終わった」とばかりに皆が一斉に動き出す中、数人の生徒がイオリに近づいてきた。
「先生、受験勉強の進め方のアドバイスを下さい」
 先頭の生徒が問いかけた。
「えーと、みんなは共通テストだけだよね」
 イオりは生徒たちを見回した。
「そうです。古文は国語の中のたった一問だけど、全体の四分の一を占めるから、比重のかけ方がわからなくって」
 もう一人の生徒が不安そうに尋ねた。
「慌てなくても、秋からの準備で大丈夫だよ。まず単語を覚えることから始めて、次に文法、それから過去問の順に攻めてみて」
「単語ってどれくらい覚えれば・・・」
 まだみんな不安そうだった。
「心配しないで、英単語は約2000語って言われてるけど、古文は最低300語覚えれば何とかなるから。それに単語だけ覚えるだけでも、ある程度の意味がわかるから、マークシートなら正解に近づくよ」
「本当ですか?何か少し気が楽になりました」
 生徒たちの表情が少し和らいだ。
「うん。頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
 そう言って生徒たちは、明るい笑顔で教壇から離れて行った。

 職員室に戻ってデスクに着いたイオリは、机上に飾られた学生時代の写真に目をやった。その写真は、ダンスコンテストで入賞した時のもので、数人の女の子の中心にマコトとイオリがいた。
 イオリは椅子の背もたれに身体を預けて、両手を後頭部にあてて、思わず呟いた。
「ハァ、最近、刺激がないなぁ」

1 いにしえの告白

 翌朝、マコトがデスクに着くと、直属の上司が神経質そうに声を掛けてきた。
「おーい、藤原くん。今日の実験の準備はできているのか?」
「はい課長。これから最終チェックをしに研究室に向かいます」
「今日の検体は何なんだい?」
「昨年、奈良の纏向遺跡で新たに発掘された銅鏡の年代測定です」
「貴重品だから取り扱いには十分気を付けるように」
「承知しました。では、研究室に参ります」
 そう言ってマコトはオフィスを後にした。

「さて、セット完了。あとは室長の登場を待つばかりなり~」
 マコトが独り言を呟いた瞬間、微かな地鳴りとともに下から

突き上げる様に、部屋が大きく揺れ始めた。
「えっ?地震?あっ!」
 その時、セットした銅鏡がずれて落下しそうになった。慌てたマコトは、鏡を守ろうとした瞬間に、誤って装置のスイッチに触れてしまった。ブーンという低い音をたてて、装置から鏡を抱えたマコトに向けて、大量のミューオンが照射された。マコトは気を失って、そのまま倒れ込んだ。
 一定量を発射した装置は自動的に停止し、室長たちが部屋に現れた時には、マコトが被曝した事実は確認されなかった。幸い鏡はマコトに守られて無事だった。マコトは気を失ったまま救護室へと運ばれ、ベッドに寝かされた。

 虫の声で目を覚ましたマコトは、大きな屋敷の中庭の隅っこに横たわっていた。広々とした庭は、海に見立てた白砂に、苔の島々が点在し、岩と黒松を配置した島や、綺麗に手入れされた躑躅の島、左右対称に茂った椿の島が浮かんでいた。
 マコトは、ふかふかの苔のベッドからゆっくりと半身を起こして、灯りが洩れる縁側の方に目を向けた。すると一人の老人が不思議そうにマコトを眺めていた。
 茜色の生地に、黄金色の蔓状の模様が入った絹製の冠と、同柄の袍を纏ったその老人は、少し驚いたようにマコトに話しかけた。
「そなたは、何者じゃ。名を申せ」
「フジワラ、マコトと申します」
 マコトは素直に答えた。
「マコト?はて、聞かぬ名じゃが、我が一族の者か?そこで何をしておるのじゃ?」
 何も呑み込めないマコトだが、とっさに出た答えは、
「まっ、迷い込んでしまいました」
「そうか、そなた見かけは男子だが、声色は娘のようじゃな」
 マコトはショートヘアで、実験用の草色の作業着は作務衣に似ていたので、誰かの奉公人と見られていたようだ。
「恐れ入りますが、こちらはどなたのお屋敷ですか?」
 マコトは、恐る恐る老人に尋ねた。
「そなたはワシを知らぬのか。面白い、ちとこちらへ来なさい」
 マコトは、無意識な意識の中で、「これは夢なんだ」と認識した。夢ならば、何も恐れることはないと、白砂の海に足を踏み入れ、この屋敷の主に近づいた。
 灯籠の灯りが当たる位置まで来たマコトを見て老人は、
「ほお、美しい顔をしておる。そなたは、本当にこの不比等を知らぬのか?」
 仕事柄、歴史に詳しいマコトは、当然、太政大臣・藤原不比等の名は知っていた。えらい夢を見ていると感じつつ、失礼のないように振舞った。
「ははぁ、これは大変失礼をいたしました」
「マコトと申したか、そなたは何処から参ったのじゃ?」
「はぁ、2020年から参りました」
 夢の中のマコトは、嘘をつく必要などなかった。
「何と!ワシも余命幾何も無い身だが、ついに幻を見るようになったか」
 不比等は手に持った扇を額にあて、肩を落として嘆き呟いた。
「それでそなたは、ワシのことを知らなんだか」
「いえ、不比等さまのことは存じております。『日本書紀』は

日本最古の正史として、私の時代でも知られております」
「何と、今は720年ぞ。1300年も後に残っているというのか?では、『古事記』はどうじゃ?」
「はい。日本最古の歴史書として、私たちは『古事記』と『日本書紀』を合わせて『記紀』と申して親しんでおります」
 不比等は、少し不安げな顔を覗かせた。
「我が一族を繁栄させるための一時の偽りが、未来永劫続くとは本意に非ず」
 不比等は一人呟いた。
「このままでは、極楽浄土へは行けぬな」
 この時、不比等は病を患い、死期が迫っていた。
「そなたは藤原を名乗るが、ワシの末裔なのか?」
「私の時代には、藤原を名乗る者が約30万人おります。仮に末裔だとしても、末端の末端かと存じます」
「まあよいわ。そなたに真実を託そう。そうすれば、ワシも少しは浮かばれるかもしれぬ」
 そう言うと不比等は、少し慌てたように文机に向かい、筆を走らせ始めた。手元にあった巻子に数行の漢文を書き起こし、巻状のままマコトに手渡した。
「そなたが如何にしてここに参ったかは知らぬが、戻るならば、これを持って行くがよい」
「えっ、これは?」
 思わぬ展開にマコトは戸惑った。
「古代の真相が書かれておる。どう扱うかは、そなたの自由じゃ。そなたの時代に、出雲という国がまだあるならば、覗いてみるのも良かろう。さあ、行きなさい」
 そう言って不比等は、庭の出口の方向を指さした。マコトは言われるがままに、不比等の屋敷を後にした。

 再び目覚めたマコト。白くてエンボスが入った見覚えのない天井に戸惑いつつも、半身を起こして、そこが救護室だと確認すると、ようやく正気を取り戻した。ふと時計を見ると、もう午後になっていた。
 マコトは、まず地震から鏡を守ろうとして気を失った現実を思い返す。そして、やけに鮮明だった夢のことも思い出した。不比等が言っていた真相とは何だったのだろうかと回想した。
 意識がはっきりとしたところで、マコトはベッドから起き上がった。救護室にはマコト以外には誰もいなかった。研究室に戻ってみると、装置は片付けられてガランとしていた。マコトはそのままオフィスへと向かった。部屋の扉を開けると、課長があわてて近づいてきた。
「藤原くん、大丈夫か?」
「はい。ご迷惑をおかけしました。あのぉ、今日の実験の方は?」
「結構大きな地震だったから今日は中止になったよ。それより君、今日はもういいから帰りなさい」
 そう言って課長は、マコトの肩を軽く叩いた。
「はい。ありがとうございます。そうさせていただきます」
 あまり気分が優れないマコトは、素直に指示に従った。デスクに置いていたピンク色のポーチを手に取って、更衣室へと向かった。
 自分のロッカーの前で作業着を脱ごうとすると、ポケットに何か入っていることに気が付いた。それは小さく巻かれた和紙だった。「何だろう?」と開いてみると、走り書きされた漢文字が、数行にわたって記されていた。マコトは何かの悪戯だと思い、あまり気にも留めずに、紙切れをカバンに収め、研究所を後にした。

2 五つの真相

 自宅に戻ったマコトは、早退してきたことを心配する母親をよそに、自室に籠って、そのままベッドに潜り込んだ。
 今度の眠りでは、夢の記憶はなかった。その代わりに、目が覚めると、昼間の出来事がやけに気になった。マコトはベッドから起き上がると、カバンの中を探って、作業着のポケットに入っていた丸まった紙切れを取り出した。大学で歴史を専攻していたマコトだったが、くずし字で、さらに漢文の文章を読み取ることができなかった。
 ただ、文末の署名らしき部分が、何となく不比等と読めるような気がした。マコトは「まさか?」と思いつつも、とりあえず、この文章を解読してみようと思い至った。

 マコトは携帯を取り出すと、親友の海部伊織にLINEを送った。イオリは、マコトの大学時代の同級生で、一緒に歴史を学び、同じゼミに所属していた。今は都内の私立高校で古典の教師をしていて、漢文も教える立場にあった。
【ねえ、TELしていい?】
 イオリからは、すぐにOKの絵文字が返ってきた。
「どうした?珍しいじゃん」
「うん、実はね・・・」
 マコトは今日あった出来事をイオリに報告した。
「ねぇ、ビデオ通話に切り替えない?」
 イオリの提案でビデオ通話に切り替えて顔を合わせた二人は、久々を喜びつつも、すぐに本題に戻り、マコトが問題の巻紙をカメラの前に近づけた。
「うわぁ、見事なくずし字だね。とてもすぐには読み取れないよ」
「じゃあさ、最後の署名だけ見て」
 マコトは巻紙をズラして最後の部分を映して見せた。
「確かに、『太政大臣 藤原不比等』と読めるよ。あんた、本当にタイムリープしたんじゃない?」
 イオリは驚きを隠せないでいた。
「タイムリープって?」
 マコトは、解せない顔をして、イオリに問いかけた。
「昔で言うと小説の『時をかける少女』とか、最近で言うとアニメの『君の名は』みたいに時空を移動するやつ」
 イオリは、わかりやすい例を持ち出して、説明をした。
「まさかー。夢の中の出来事だよ」
 マコトは笑って取り合わなかった。
「でも、そこに証拠の品があるじゃん。筆跡鑑定とかできないの?」
 イオリは真剣だった。
「この事を公にして、急に変な事を言う奴が現れたと思われてもイヤだし・・・」
 マコトは、巻紙の内容には興味があったが、大げさな行動は起こしたくなかった。
「じゃあ、とりあえず二人で文章を解読してみよ。もうすぐ週末だし、土曜日に会おうよ」
「うん。わかった」
 マコトはイオリの提案を受け入れ、落ち合う時間と場所を決めて、ビデオ通話を終わらせた。

 土曜日の午後、二人は森のスタバに集合した。明治神宮前にあるこの店は、ビルの6階の空中庭園に樹木を配置した心地の良い空間で、二人が通った大学から地下鉄で一駅の場所にあった。二人は学校帰りによくここに立ち寄っていた。
「ごめんね。休みの日に」
「何言ってんの。久々にワクワクしてるよ。で、例のモノは?」
 マコトはイオリに急かされて、小さな巻紙を差し出した。
「手袋とかしなくていいのかな?」
「いいよ、別に。どうせ誰も信用してくれないよ。でっ、読み解く自信はあるの?」
「そう思って秘密兵器を持って来たよ。じゃーん『くずし字解読辞典』」
 剽軽なイオリは、ドラえもんの真似をして、辞典を取り出した。
「そんなのあったんだ」
「あんたね、実験ばっかで、最近ちゃんと勉強してないでしょ」
 イオリの指摘をスルーして、マコトはイオリに問いかけた。
「それはさておき、ねぇ、何て書いてあるの?」
「どれどれ、最初の文字は、おそらく『素』だね」
 イオリは、一文字ずつ、くずし字を現代の漢字に置き換えていった。
「最初の一行は、『スサノオはアマテラスの弟に非ず、出雲に生れし王なり』と読めるよ」
 イオリが読み上げると、マコトは驚いた様子で言った。
「いきなり記紀を否定しているね」
 イオリは集中して、次の行を読み進めた。
「二行目は、『スサノオは西へ、オオクニヌシは東へ進むなり』と書いてあるよ」
「おお、次も出雲のことかぁ。スサノオって西へ行ったっけ?これは否定ではなく新事実かな?西ってどこまで行ったんだろう」
 各行の文字数は多くはないので、イオリは次々と続けた。
「三行目は、『高天原は日向にあり、アマテラスは北へ進むなり』で、四行目は、『オオモノヌシはオオクニヌシに非ず』だね」
 マコトはイオリの一言一句に首を傾げて反応した。そして、本文の最後の行を解いたイオリが思わず声を上げた。
「何じゃこりゃ?」
「んっ、どうした、どうした?」
 マコトが下を向いているイオリの顔を覗き込んだ。
「五行目は、『国譲りは二度(ふたたび)起これり』だって」
 イオリが少し溜めてゆっくりと読み上げた。
「えっ、どういうこと?」
 マコトは顔をあげたイオリに正対して尋ねた。
「わからない。最初の四行は、そういう説を唱える人もいるから、わからないでもないけど、国譲りに関しては、意味がわかんない」
 イオリは、両手を広げて、お手上げのポーズをしてみせた。
「普通、国譲りと言えば、高天原のアマテラスがオオクニヌシに向けて、彼が支配する地上界は自分の子孫が治めるべきと言って、使者を送り込んで承諾させる話だよね。不比等は、いったい何を伝えたかったのかなぁ?」
 マコトは腕組みをしながら、大きく首を傾げた。
「これが真実なら、史学会がぶっ飛ぶよ」
 イオリは事の重大性をマコトに訴えた。
「でも、何の証拠もないし。この前、筆跡鑑定って言っていたけど、昨日調べたら不比等の直筆の資料は何も残っていないから、比べようもない」
 マコトは、腕組みのまま、首を横に振った。
「こうなったらさ、何かの伝承とか裏付けを探しに、出雲へ行ってみるっきゃないじゃん。不比等にもそう言われたんでしょう?」
 イオリは出雲行きを強く勧めた。
「あっ、縁結びの神様にお願いもできるしね」
 マコトは、胸の前で両手を絡めて、お祈りのポーズをした。
「そういうことじゃないんだけど」
 イオリが呑気なマコトに軽く突っ込んだ。お構いなしのマコトは、さらにイオリに尋ねた。
「ところでさぁ、藤原不比等って具体的に何をしたんだっけ?」
「あんたさぁ、よくそれで国家公務員になれたわね」
 イオリが呆れ顔で言い放った。
「不比等は、あの『乙巳の変』を起した中臣鎌足の子で、持統、文武、元明、元正の四代の天皇に仕えて、太政大臣まで務めた超大物。在籍中にあった出来事は、701年大宝律令制定、710年平城京遷都、712年古事記編纂、720年日本書紀編纂など、実績多数。その後400年続く藤原氏の栄華の礎を築いた人物。あんたが公務員になれたのも藤原の姓のおかげかもしれないよ」
 高校教師のイオリは、生徒に教えるように、滑らかに説いてみせた。
「さすが、イオリ先生は何でも知ってるね」
 マコトは両手で頬杖をついて、アイスラテをストローで啜りながら、目を細めてイオリを褒めた。
「で、出雲に行くの?行かないの?」
 イオリがマコトに決断を迫った。
「うん、行く!」
 こうして、二人の出雲行きが決定した。

 

 

本日はここまで。

もともとノベルではなく、
アニメのストーリーとして考えたので、
ロケーションも全て決め込んでいます。


主役の二人の女性のイメージイラストです。
イメージするCV(キャラクターボイス)は
声優アイドル=LOVEの佐々木舞香さんと野口衣織さんです。


藤原不比等のイメージCVは、中博史さんです。

 

次回もお楽しみに。