10月26日。
それは、亡くなる十日ほど前からカレンダーを眺め、楽しみにしていた日でした。
なぜなら、その日はMackが18歳5ヶ月になり、介護一年1ヶ月になる日だったからです。
まさか、初七日になるとは。
今日は、Mackの最期の時のお話を聞いて貰えたらと思います。
10月20日
その日も日付が変わる前から機嫌が悪く、寝ずに吠えてしまうので、朝までパパが車で吠えさせに行っていました。
今思うと、すでに限界だったのだろうと思います。
そして朝になり、病院が開院する時間に合わせ、家を出ました。
病院で、点滴と吐き止めの注射を受け、血液検査をしてもらい、低体温だったので、診察室で湯たんぽを使い身体を暖め続けて待ちました。
しばらく吠えていましたが、吐き止めの注射が効いてきたのか、眠ってしまいました。
それから帰宅してもしばらく眠り続けていました。
17時過ぎになり、徐々に機嫌が悪くなってきたので、「吐き止めの注射、もう切れたのかな」と思い、処方された吐き止め薬を飲ませ、わんカロをシリンジで与えました。
苦しかっただろうに、半分以上飲んでくれました。
この時わんカロを飲ませたのは、少し後悔しています。
(20時頃のMackです。とても後少しで亡くなる子とは、思えません。)
20時過ぎから吠え始めたのですが、最近は声がか細く、この日もそうだったので、下の人には聞こえないだろうと、隣で吠えさせて、私はMackが寒くないようにと冬に向けてスリングを作ろうと、赤ちゃん用の抱っこ紐などにつけるケープとにらめっこしながら裁縫をしていました。
22時過ぎにパパが帰宅し、Mackに声をかけると、Mackがウンチをしていて、びっくりして片付けました。
あまり臭いのない、人間の赤ちゃんのような便でした。
ウンチを片付けている間にオシッコもしていたので、オムツを取り替えました。
Mackは、パパの方に首を動かしていました。
それから、パパのご飯を作り、パパが食べ終わり、少しゆっくりしていました。
テレビを見て、雑談をしていて、ふとMackを見ると、Mackが目を見開いているのに静かだったので、癖になっていたお腹の確認をすると、上下していないので、咄嗟に抱き上げました。
抱き上げた瞬間、私は「もうお別れなのだ」とわかりました。
呼吸をしているのかしていないのかわからない状態ですが、脈は打っています。
パパに急いで娘を起こすように言いました。
そして、私は脈を感じるため、首もとに指を添えながら……
Mack、もう頑張らなくていいよ
いっぱい頑張ったね。凄く偉かったね
ありがとう、Mack。ありがとう!!
姉ちゃん、Mack大好きだよ、愛してるよ
必死に伝えたいことを伝えました。
23時5分。
Mackは、大きく三回ほど息を吐くような動きをして、静かに静かに亡くなりました。
少し首から手を離した間に、脈も止まってしまいました。
抱いてる間、蘇生も考えたのだけど、もう沢山頑張ったからと、そのまま抱いていました。
死神という、落語の話を知っていますか?
人の命は蝋燭に灯った火で、寿命の長さは蝋燭の長さだという内容が出てくるのですが
Mackの最期を見届けて、まさにMackは蝋燭を燃やしきって、最後に燃えるものがもう無くなって、自然と、フッと蝋燭の火が消えたのだろうと感じました。
火葬した遺体のことを考えても、私は医者でも何でもないですが
Mackは「多臓器不全、老衰で亡くなった」のだと思います。
姉ちゃんたちの心の準備をさせ、そして“金曜日“に、パパの帰りを待って
沢山病気をしたけど、“老衰“でこの世を去ったMack。
姉バカかもしれないけど、私はそんなMackがものすごくカッコイイなと……
大往生だったね!と、思います。
この子は、生まれてから亡くなるまで、ずっとお利口さんでしたよ。
これからもずっと、「私の自慢の弟」です。
Mack
ありがとう
私の成長、結婚、妊娠と出産
そして、娘の成長を見守ってくれて
姉ちゃんたちは、Mackのおかげでとても幸せだったよ。
もし戻って来てくれるなら、いつでも戻っておいでね。
姉ちゃん、両手広げて待ってるからね。
マック 18歳
1999年5月26日~2017年10月20日
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