誰もがあなたがたについて、
決めつけたりしない。
神がどんな理由で、どんな方法で、
自らの創造物を悪と
決めつけるというのか。
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地獄がないのなら、したいようにできるということか?というニールに対して、神が、あなたは不安でなければ正しい者にならないのか?というシーン。

規則や指針を決めているのは、あなたがた自身である。自分がほんとうは何者であるかをきめるのは、自分だ。自分がどこまで目的を果たせたかを決めるのも自分だ。
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神が選択肢を与えて、どれを選んだかによって、そのひとを罰したりするはずがない。神は選ばせたくないものを選択肢に入れたりはしない。と言っています。

真の自分を創造するためには、べつの選択肢がなければ真の自分を発見して、創造することはできないと言っています。

病気にならないと健康がわからない。
貧乏にならないと豊かさがわからない。

ほんとうの自分が健康で豊かであるなら、病気や貧乏を経験することで、そのことがわかるということでしょうか。

神はわたしたち、わたしを悪としては創ってはいません。

悪と決めるとすれば、決めているのはわたしたち、わたしであるということですね。

原罪説は神がつくったのではなく、わたしたちがつくったものです。

この点でいえば、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教など原罪説を説く宗教は、わたしたちにふさわしくない宗教だといえるのかも知れません。
(間違っているのではなく、ふさわしくないという観点から)

結局、親や上司や目上の偉い人などが、わたしにむかって、あなたは悪だとか、ダメだとか、その他ネガティブな評価をくだしたとしても、正しくないということです。

その自分にふさわしくない評価を、受け入れるのは自分以外にありません。

自分が認めない限りは、悪でもダメでもないのです。

やすやすと自分のことを悪だと認めてよいのでしょうか?ほんとうに悪なのでしょうか?

自分の立場を優位にしたり、正当化するために、自分以外のひとを悪にするひともいます。

ほんとうは自分は何者であるかは、自分で決めているし、決めるしかありません。

わたしは完璧につくられているし、善であると信じています。だって神と同等の存在ですから。(≧∇≦)

ってことで
今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。

今日も感謝の一日でありますように♪
(((o(*゚▽゚*)o)))