現在の状況や環境は、
一時的なかりそめのものだと、
考えられるようになる。
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生活上での困難にであったとき、高貴で哲学的な場(神の場)が、問題解決してくれると思えないというニールに対して、神が応えた一部。

神の場へいくと
①大きな精神の平和が得られ、良いアイデアがあふれ出す。
②あなたの自己が実現する。永遠という視点でものがよく見えてくる。
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「ニールがどうすれば神の場に着けるのですか。」って聞いているのに、

いまこそ神の場に行くべきだ・・・。
って言ってます。

^^;で、どうやったら着けるの?神の場…?

試練のときが、チャンスだ。ここに書かれたすべてを証明するチャンスだ。
神を捨てるな。って言っているので、
いまこそ、神を信じなさいってことを言いたいのでしょうか。それが神の場に着くってことなのでしょうか。

クリスチャンは、お証(あかし)と言って、礼拝のときに皆の前で、日常生活でこういった問題があったけれど、こんなかたちで神の救いがあったとお話ししたりするのですが、

そんな感じのことかなって思います。

神の場からみると、「創られた現実」がよくわかるって言うことのような気がします。

「状況や環境は、現在の経験を創造していくうえでの一時的なかりそめの道具にすぎない」のだそうです。

ほんとうの自分を経験するために、状況や環境があるということは、

それらを通して、自分は神と同等の存在だと認識できるということのようです。

「いまの苦境から脱出という大きな奇跡」は神にできないとは思いません。

神と自分は同等であれば、同じように奇跡を起こせるということなのだと思います。

神と自分との間は距離はそれほどないのですが、その間に大きな断崖絶壁(クレバスか⁉)があって、

その谷間を埋めるのが、信仰といいますか信念というものだと思います。

信じれば存在しはじめます。
谷間はなくなります。

神様と私との間の谷間は幻にすぎず、
神様と肩を組めるほどの状態であることに感謝いたします!

ってことで
今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。

今日も感謝の一日でありますように♪
(((o(*゚▽゚*)o)))