学ぶのではなく、思い出すのだ。
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どうすれば自然の法則を知ることができるのですか。どうすれば、学べるのですか?
というニールの質問に対する神の答え。
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思い出すってことは、既にもう知っているということですね。

魂レベルでの話のようです。

この世に出てくるときの忘却システムによって、「知らない」状況になっているということです。

そして、「ほんとうに現実的に見える創られた現実」を体験するというゲームに参加しているということなのですね。

この「現実」で体験することは、悪とか不運とかと思われるものは自然の法則の結果でしかないといっています。

報いや罰とかとは違うのだそうです。

単なる結果で神の思惑は入っていないってことですね。


結果として受けることを受けるだけです。
そして、その法則を知るためには学ぶのではなく、思い出しなさいと言っています。

内側へ入っていくことだと言っています。
外部に答えはないのですね。

他人がもっているということでもありません。
先生や先輩や親や上司やその他、何か偉い人が教えてくれるものではないということでしょうね。

最高の先生は既に私のなかにいるのですね。

思い出すためには、

「静かにすること」だと言っています。

湖の水面が静かになると、鏡のようになって、ものを映し出すようなイメージでしょうか。


心の水面が鏡のようになると、見えなかったものが見えてくるようなイメージでしょうか。

「立ち返って落ち着いていれば、あなたがたは救われ、静かにして信頼すれば、あなたがたは救われ、静かにして信頼すれば、あなたがたは力を得る。」
イザヤ書30:15

問題が起きたときほど、まずは、
心静かにして、静観することが解決する近道かも知れません。

私もたまに、寝坊して約束の時間に遅れそうになったり、勘違いして相手に迷惑をかけることがあります^^;

そのたび、一旦、落ち着いて瞑想するようにしています。

慌てても問題が根本的に解決するわけではありませんからね。


まずは理由を言って言い訳したり、取り繕ったりせず、状況を淡々と報告して謝罪するようにしています。

それは、そうしなさいと内側の声が聴こえるからです。

ふと、今朝はそういうことを「思い出し」たので、

書いてみました。
これも内側の声ですね
^^;

ってことで
今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。

今日も感謝の一日でありますように♪
(((o(*゚▽゚*)o)))