神は正邪も善悪も決めない。
そんなことをしたら、
あなたがたへの最高の贈り物が
台無しにになる。
したいことをして、
その結果を体験するという機会を、
あなたがたから奪うことになる。
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正邪、善悪、すべきことと、してはならないことは、神によって定められた規則だと教えられましたが?
とニール質問したときの神の答えの一部。
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「教えた人が間違っている。」と神が初っ端からいい切っています。
わたしたちは間違いを信じ続けています。
全世界全人類で。
それぞれの神が、それぞれの善悪をといています。
ですから、戦争も絶えません。
そもそも、「教えた人」はなぜ間違えたのでしょうか?
わたしは、その方が都合が良かったのではないかと思えてなりません。
一部の人たちが、その他大勢を支配しやすいように宗教をつくったのではないでしょうか。
すべてが創作されたものではなく、事実を織りませながら、信じ込ませやすく作り変えられてきたような気がします。
人間が創るものに完成形はありませんので、進歩、成長、変化が必ずともないます。
創られた宗教も同じです。今後、変わっていくでしょう。
そうすると、善悪の取り扱いも変わってきます。
最終的には、善悪は存在しないということになっていくのではないのでしょうか?
ところで、正邪、善悪などというのは、
他人の行動に対して評価するツールのような感じがします。
しかしながら、大事なことは、他人の行動への評価ではなく、自分が何をするのか何をなしうるのかということなので、評価には意味がありません。
それに、評価基準があると、他人の目を気にした自分の行動になってしまいがちです。
そうなると、もはや、自分の人生ではなく他人の人生を生きることになります。
隣人を愛しなさいとは言っても、隣人のなかに自分を含めることだと言っています。
そうしないと、ほんとうに隣人を愛すことはできないからです。
自分を愛して、そのうえで隣人も同じように愛するということです。
自分を愛せずに、自分以上に隣人へ愛をむけてしまうと、「してあげたのに」とか相手も「お礼をすべきだ」とか歪んだものになります。
これは、愛ではありません。愛は善悪を区別しません。
ものごとを決めつけて評価しないようつとめたいものですね。
今日も、ものごとを受け入れて、善いとか悪いとか、判断しないようこころがけます。感謝で受け取ります!
ってことで
今回も最後までお読みくださり、
ありがとうございました。
今日も感謝の一日でありますように♪
(((o(*゚▽゚*)o)))
