コロナ騒動でライブもできなくなり、かといって流行りのオンラインミーティングを電波に乗せてみたり、それを配信だなんて、恥ずかしくてできません。
いかに普段恥ずかしいミーティングしかしてないのかがバレます。
かつて、「たまにはミーティングしようかー」って言って集まったのが亀戸の先のステーキ屋。そこでステーキを各450g食って、お腹いっぱいになって気分良くなって、「今日はこんなとこでいいんじゃない?」と別れる。
なんなら別れの前に近所のデニーズいってキャラメルパンケーキ3段積みも食べる。もう満腹だ、帰ろう。と、なったことが一度や二度ではない。
そんなバンドHERNIA_44。今でこそ親父時間でのんびりやってそう!とか思われますが、そうでもない時期はありました。今日は許す限り、HERNIA_44の生い立ちを書いていきたいと思っています。いろんな事情から伏せ字多いよ〜。
確か、俺が43歳の時にそれまで続いていたバンドを解散させたところから始まった。
ちなみにそのバンドは腐乱シュタイナーといって、そこそこライブ活動をしていたバンドです。キャリアは13年ほどありました。
どうしても許せない理由。
で、バンドは儚く解散。その頃ちょっとやりたかったことを試してみたくて、DというバンドのMちゃんに探りを入れる。
その探りが口説きに変わり、2人の間は急激に接近する。
Mちゃんと盛り上がり、ではユニットを作ろう!ということになります。
そこでできたのがHERNIA_44です。
そう、最初は2人ユニットから始まったんですね。
ライブにもたどり着けず、リハを重ねます。
重ねるって言っても、3週間にいっぺんぐらいですかね。
そこでサンダーが気づきます。
「アレ?バンドの方が楽しいのかも?」
飽きっぽいにもほどがある俺は早々にメンバーを補強、バンド形態にすることを決心します。
やはり古い人間なのでしょうか、バンドでドドーンと音が出ていた方が好きなんすよね。
手短かなところに声をかけて、出来上がったのがいわゆる(オリジナル)HERNIA_44です。
キーボードプレイヤー兼打ち込み担当で Mちゃん,
ギターにm。
ドラムは腐れ縁、"best drummer in the world"田代さんにお願いしました。
ベースボーカルが俺ね。
これでチョロりと活動。ライブもやりました。
ところが、キーボードの Mちゃんが「もう、HERNIA_44でやることは全てやった。やり遂げた」と脱退を申し出てきました。
全てやった割には2曲ぐらいしかないし、ライブも一本ぐらいしかやっていないことは言うまでもありません。
揉めることなく送り出しました。
今でも仲良い Mちゃん。
ここでメンバーの補強という意味で新たなメンバーを探します。
「同期系でビキビキいわせたい」ってのが念頭にあったので、そのわがままを聞いてくれそうな人がいいなぁ。
いた!
速攻でその人の身内を通じてコンタクトを取りました。たしか居酒屋からの電話だったと思います。その節はありがとうございました。
会って話したり、バンドのコンセプトやこっちのわがままなんかを聞いてもらいつつ、メンバーに迎えたのがクロコちゃんです。
この辺りでバンド内に変な空気が流れ始めました。
なんか上手くいってるようでそうでもないような変な空気。
俺に改変を望む気持ちが強くて、ちょっとしたメンバーチェンジをしました。
抜けてしまったギター。
さて、どうしましょ。
もう一つ大きな約束として「1年だけ助けてくれ」というものでした。
1年でライブも結構やったかな。
曲も積極的に作ってくれた。
満1年を迎える頃、ライブ会場でシュガーから直談判をされました。新宿FNVの階段でした。鮮明に覚えています。
俺のベーシスト生活35周年企画かなんかがあってそこでギタリストのチェンジがありました。この時の映像を見ると、新旧ギタリストがハイタッチをしていたんです。
伝説のハイタッチですよ。
現在進行形のメンバーにまとまり、ボチボチ活動をしています。
今年?来年?もう計算すらできなくなってきています。結成10年になります。
あと20年はやれそうです。
サンダー


