かぶり俺でGodhandな「俺」のブログ -32ページ目

超長文かも…

この文章は、かなり長文ですし、おそらく難解です(謝)
が、二日かけて書いたので、いちおうアップさせていただきます(ぉぃ)
そして、ここに書いて居る事は、俺個人の思うところであって、障害者全ての意見を代弁しているとか、病中の人たちの気持ち…とか、そういうのでは無いので、ご理解いただき、お読みください。。

俺の知人のお父様が
糖尿病性緑内障
を発症してしまったらしい。
糖尿病と目の関係については
このページ
に詳しく書いてあるので、ご興味がおありでしたら、ぜひ☆
お父様ご本人とお話させていただいていないし、なんとも言えないのだが、本当に
糖尿病性緑内障
だとしたら、それはけっこう事件かも知れない。
俺が今日知人から聞いた話だけからすると…。
お父様は、以前から糖尿病はあったようだ。
医師にもお酒を控えるよう、指導を受けていたらしい。
しかし、お父様は「ええねん…」ってな感じで、医師の指導を守らず、毎日酔って帰宅。その後もまた飲む…。そんな感じの生活を繰り返していたらしい。
糖尿病と診断された時点で、だいたいの医師は、食事制限と今後の合併症について説明するはず。
おそらく、その時、お酒を控える事、合併症として、目や腎臓などに障害が出るかも知れないこと、進行すれば、インスリンを注射しなければならなくなる事などを、きっちり説明していただろうと思う。
が、その指示を聞かず、ずっと同じ生活をしていたのだろう。
そして…ついに今日を迎える事になってしまったのだろう。
知人の話しによれば、1~2年で失明すると、お父様が医師に言われたらしい。
ま、1~2年の根拠とか、そういうのも微妙ではあるが、残念ながら、かなり良く無い状態なんだろうと思う。
そして、それぐらい目に障害が出ているとするなら、全身状態も思わしくは無いだろうと推測している。
糖尿病の状態も、きっと改善していないだろうし。
初期は、患者さんご自身の努力が必須。
食事の制限とまでは言わなくても、お酒を控えたり、軽い運動をしたり…。
ご自身でできる事ってのがけっこうあったり。
逆に言えば、医師にできる事ってのが少ないとも言うのだが(苦笑)
とにかく、初期は…ま、初期だけじゃないんだけど、とりあえず初期ってのはとても大切。
すこし線を越えた(発症した)ところで、踏みとどまるか、そのまま行ってしまうか…。
それを決めるのは、患者さんご自身なのだが…。
残念ながら、お父様は、それをしようとしていなかったらしい。
「もうええねん」
というのはかんたんだ。
お酒が好きなら、止めるのは難しい…。
その気持ちも、感情としては分かる。
が、後悔したくなかったら、なぜその時!?
そう思ってしまって仕方が無い。
責めてるのでは無い。ただ、残念…それに尽きるのだ。
俺の患者さんたちの中にも、似たような境遇の方がいらっしゃる。
その方も、糖尿病と診断されて、かなり凹んだらしい。
残念ながら、糖尿病が完治したなんて話しは、そうそう聞けない。そして、行く末も分かるような気になってしまう…。
しかし、俺の患者さんはこう考えたらしい。
「せめて3人の娘が結婚するまでは!!孫の顔を見るまでは!!」
そして、彼は家族も涙するほどの生活を始めた。
健康を重視した食生活。
本当に見るからにまずい野菜ジュース。
楽しいとはおせじにも言えない夕食。
もちろん、家族の団欒は大切にしても、自分だけは、野菜サラダと、ちょっとした野菜スープだけ。
大好きだったビールもお茶に代わった。
そして、通勤も…。
電車から徒歩に変更した。
出勤と帰宅。それぞれ2時間の道のりを毎日毎日…。雨の日、風の日…。炎天下でも、記録的な寒さの日も…。
彼は、まだ見ぬお嬢さんたちの花嫁姿。
そして、孫の姿…。
それだけを追いかけながら毎日を過ごしたようだった。
来院なさっても、主訴(主な訴え)は、歩きすぎによる足のだるさがメインになっていった。
俺も、できるだけ苦痛を軽減できるよう、いろいろな事を考え、治療をした。
そして、糖尿病について説明したり、俺の身の回りにあったおもしろい話しをしたりしながら治療を繰り返した。
毎週1度必ず俺を信頼して来院してくださる患者さん。
その期待にすこしでも応えたい…ただただそう思いながら治療をする俺。
そんな日々がしばらく続いた。
「今日もしっかり歩いて来ましたで?はぁ…しんどいけども、今踏ん張らな、いつやんねん!!はぁ…でも、足痛いわ…せんせ…。」
などと言いながらでも、毎週欠かさず来院してくださった。
笑える話、将来の話し、お嬢さんの彼氏についての話し…。話題は尽きない。
あっという間に治療時間が終わる…そんな感じだった。
毎月の血液検査の表を持ってきて、快復具合を嬉しそうに話す患者さん…そんな患者さんを診るのが、俺は大好きだった。
そんな生活を2年以上繰り返し…。
彼の数値は、驚くほどに改善した。
インスリンの自己注射も、最低限の量までになった。
正直これには俺も驚いた。
だいたいは、インスリンの量を増やす事はあっても、減らす事なんてそんなには無い。
が、朝晩だった注射が1度になり、量も最小まで行った。
それでも、油断せず、彼は毎日毎日歩いたり、食事制限を続けた。
ぽっこりお腹も目立たなくなり、腰痛も訴えなくなった。
足だけは毎日歩いているせいか、週末が近づくと疲労が貯まるとの事だったが、それ以外、気になる症状を聞く事は無かった。
そうしているうちに、ついに!!
「せんせ!!やったやった!!よ~やく長女が結婚しますわ!」
というニュースを耳にした。
その1年ほど後…。
今度は
「せんせ!!次女も行くで!!ちょっと順番ちごたけれども、好きあってるんやったらなんも言う事無いがな~!孫も一緒に来ると思ったらど~でもええな…なっ!せんせ!!」
なんていう、なにかがちょっと微妙な、でも、本当に嬉しい話しが聞けた。
まだ、三女が結婚したって話しは聞けて無いのがちょ~っと気にはなるが、それはそれ。
現在は、以前ほど激しく制限しない食事にしたらしいが、合併症も出ずに、かなり良い状態をキープし続けている。
来院なさるペースも1ヶ月に1度ぐらいになったが、それでも毎回近況を聞かせてくださったりするので、とても楽しみに俺も待っている。
正直、油断をすれば、どうなってしまうかなんて俺にも分からない面があったりする。
しかし、少なくとも二人のお嬢さんはご結婚され、もう一人も近々…そんな気配がするそうだ。そして、2番目のお嬢さんには、可愛いお孫さん☆
辛い食事制限も、自分で立てた歩くという目標も…。正直どれだけ良かったのかなんてだれにも分からないだろうけど、それでも今…。彼は、本当に元気にやっているのだ。。
たまたま時期が良かったのかも知れないし、運も良かったのかも知れない。
環境も、ご家族も…良い感じだったのかも知れない。
しかし、現実として、彼は目標をクリアしつつあるのだ。
そして、これからも、楽しく生きてけそうだ。
本当に俺から見ると羨ましい限りだ。
こんな言い方は良く無いが、病人がうらやましいなんて、自分でもどうかしてるような気もする。しかし、本当に羨ましい。
続ける根気、目標に向かって努力し続ける力…。
正直、いたって普通の
おっさん
なのだが、すごいな~って素直に思ったりしながら診ている。
ま、ここまで良い状態になる事は少ないんだろうけどさ…。
でも、知人のお父さん…。
正直今でもかなり悪い状態だとは思うのだが、どうか…努力を忘れないで欲しい。
ちなみに、知人が言うには「努力なんてせんやろうな~…」との事。
努力をしないのはある意味勝手だ。本人がどうなろうと俺の知った事では無い。
しかし、子供は所有物…みたいな事を言うらしいそのお父様は…ちょっと気になったりする。
俺の知人は独身だ。彼女には彼女の人生があるだろうと思うし、そのお父様のお子さん全員にそれは言えることなんじゃないかなって思ったりする。
他人の家に口を挟むのもおかしな話なのだが「見てもらって当然」なんていうのではダメなのだ。
現実逃避…したい時期もあろうとは思うが、いつまでもそれをやっていてはダメなのだ。
俺だって、視力が低下し、失明の可能性がある事を知った時には、正直凹んだ。
ま、この楽天的な性格だったりするので、本人はすぐに立ち直ったのだが(冷汗)
しかし、親や親戚は、かなり辛かったらしい。
多くの可能性が失われるし、生活に不自由が出てしまう。
一人でなにもできなくなってしまうかも知れない…。両親の顔も、ある時期から見えなくなってしまうのかも知れない…。
そう思うと、俺の周囲の人たちは、どうしようも無い気持ちになっていたのだろうと、今は思える。
目の病気が発覚した高校生の頃。
入院していた俺のところには、たくさんの人たちがお見舞いに来てくれた。
進学校に行っていたので、その高校の生徒。
ちょっと悪かった(?)ので、その頃の友達。
そして、小学校、中学校、高校の担任たち…。
だいたいの人が、俺のお見舞いに来ては…泣いた。
「若いのに!!」
「賢いのに!!」
「できるのに!!」
「大きな夢があるのに!!」
「惜しい!」
「もったいない!!」
「神様は不公平!!」
などなど、俺に言われてもどうにもならない事ばかり…。しかし、みんな泣いた。泣いてくれたって感じもあるにはあるが、いちおう…泣いた。
別に俺はそんなに成績が優秀だったのでも無ければ、前途有望だったのでも無い。いたって普通の高校生だった。
ばくぜんと「見えなくなったらどうしよう…」
なんて考えたりもしていたが、
「見えなくなったのなら、他を使うしかあるまいな~」
といつも結論したりしていた。
ずっと音楽が大好きだったし、ピアノも習っていたので、耳にはある程度の自信があった。
野球をしていたので、運動にもそこそこ自信があった。
目が悪くなったら、他の物でどうにか代用して、それを乗り切ろう…そう強く思いながら、入院生活を送った。
正直手術などもしたが、期待したような結果は得られず、結局視力が改善するなんて事にはならなかった。
一瞬は見えるのだが、すぐにまた見えにくくなってしまう…みたいな。
そして、俺は点字を勉強した。
目かくしをして、白い杖(つえ)を持って、目に頼らず歩いたりする練習も。
正直、け~~っこう辛い練習もあった。
目かくしをして、町を歩かされるなんてのは、そりゃもうびっくりするぐらいの勢いだった(滝汗)
どう考えても有り得ないのだが、1歩先にマンホールがあって、そのふたが開いてるんじゃないかと思ったりしてしまうと、そりゃもう怖くて怖くて(T_T)
それでも、それなりの努力をし、いざって時に備えたつもりだ。
目が悪いならば、それをたまには武器にしたり、他の物で補ったりしながら生きてくしか無い…そう考えて、毎日練習したりしたし、今でもそれは変わっていない。
知人のお父様が、もし仮に俺と同じように目が不自由になってしまうとすると、かなりご苦労が多いだろうと思う。
いや、かなりのご苦労をするはず。
なんせ、当然だった事が当然じゃ無くなるなんてのは、かなり辛い事だ。
そして、その「当然」が長ければ長いほど、その痛みは大きいはず。
なんせ、依存度(?)が高くなりがちだから。
だれしも、失明の可能性が絶対無いなんて言い切れない。
明日なにかが飛んで来て目を直撃してしまうかも知れないし、交通事故なんてのも有り得ないなんて、だれも約束してくれない。
当然にしていたことができなくなる。
見えてた物が見えなくなる。
なんてのは、考えて分かる問題では無いような感じ。
しかし、残念ながら、知人のお父様には予防する時間はあった。
そして手段も…。
それが逆にご本人を追い詰めてしまう結果にならないかがすこし心配。
「あの時酒ばかり飲んでしまった…」
とか
「医者に言われた事をしっかり聞いていれば…」
とか。
とはいえ、それを言ってもなにも進まない。
病気が本人を追い越したような状態なのだから…。
となれば、先の事を考えていかなければならないだろう。
視力が低下していく現実を受け止めるなんてことは、そうそう簡単では無いはず。
それこそ、しつこいぐらい書いたが当然の事だったから…。
しかし、残念ながら現実に視力が低下していく可能性が高いするのなら、正面から取り組む以外には無い。
知人は
「できるかな~…自棄(やけ(になってまうような感じやけど…」
と今のお父様の状態を話してくれたのだが、そのままでは本当に失明してしまう…。
そしてそういう状態は、ご自身の不摂生にもすこし(?)原因があるって事。
それらを正面から受け止め、これからの自分になにができるのか、どうしていきたいのかを考え、視力が残っているうちに行動しなければならないんじゃないかな?
と俺は思ったりする。
俺なんて、まだ楽だった。
原因不明だし、高校生だった俺には、失う物はそんなに無かった気がする。
地位や名誉、仕事など…。
そして、高校生の頭はとても柔らかい。
「目が悪いなら他の部分でどうにか代用を…」
そう考えればアイディアなんてけっこう出てくるし、やってみると、あんがいできたりもした。
それを繰り返し、毎回工夫を重ねれば、ある程度の事は自分でできるようになる…。そう信じて俺はやってきた。
そして、不可能そうな事も工夫で実現できてきた。
こういうのが努力なんて呼べるような代物かは分からない。
しかし、それなりに(?)やりたい事をやるために、俺は工夫してきた。考えてきた。失敗も多かったが、それでもこりずに(?)試して、自分の物にしてきた。
が、俺には若さや、集中力があった。
が…。
知人のお父様に同じ事を期待するのは、かなり難しいような気がしたりする。
50歳前後。これまで健常者として生きて来たお父様には、たくさん失う物があるだろうと思う。
仕事もおそらくできなくなってくるだろう。
毎日何気なく見ていた家族の顔も見られなくなるかも知れない。
食事をする時の楽しみも減るかも知れない。
二人のお嬢さんの嫁入り姿や、お孫さんの顔も見られなくなるかも知れない。
もっともっともっと…ここには書ききれないぐらいたくさんの物を見る事ができなくなるだろうと思う。
そして、今後の人生についても…。
だれかが養ってくれるなら良いが、なかなかそうもいかないだろうと思う。
保険が降りたとしても、どれだけお金があったとしても…。目の代わりにはならないし、なれない。ある程度の事はできても、そこまで。
かと言って、まだ結婚していない知人や、その妹さん、弟さんにも人生があって、幸福を追求する権利もある。
「俺の子供なんだから、これまで俺が養ったんだから、今後一生俺を養え」なんてのは、そうそう言える事でも無いし、言ってはいけない事のような気が、俺にはする。
俺は、家族を持った事が無いからなんとも言えないのだが…。
もしも、俺の父がそんな事を言い出したら…。
即刻養子縁組でもしてやる!!と言ってしまうかも知れない(汗)
生まれて来る事を選択できないのであれば、選択できないからこそ…。人間として生まれ、生きる人生に親だからと言って干渉するのは、どこまでもエゴってもんだろうと思う。
俺が人の親になった事が無いから言えるのかも知れないのだが、ハッキリ言えば、俺の両親が愛情表現でどうこうした結果が兄と俺なのだ。
俺は、両親に
「**家に生まれたいんでぜひお願いいたします」
なんて頼んだ記憶は無いし、おそらく、そんな事は無いだろうと思う(汗)
だからこそ!
その家に生まれた事に感謝できたり、親子としての単純で複雑な関係が神秘的に感じられたりするのかも知れない。
が、
「生んで育てたんだから…」
と言うのは、承諾し難いのかも…。
冷たい様だが、自分は自分。他人はいろいろ言うが、責任は取ってくれない。自分の人生ならば、自分が決めなければならないと思うし、もし仮にだれかが決めた道を歩んだとしても、その責任は、自分にあるだろうと思う。
今回の事で、俺がすこし心配(?)しているのは、お父様を除く家族の事。
これまた酷い言い方かも知れないが、予防すればできたかも知れないのに、医師の指示や助言を聞かず正面から糖尿病に取り組まなかったお父様ご本人については、特に俺は心配していない。というかご本人の気持ちによる部分が大半だと思うから。
しかし、ご本人を除いた家族は大変だろうと思う。
自棄になっているお父様をどうこうしようとしても、おそらく空回り状態になってしまうだろう。
そして、徐々に家族の雰囲気は悪くなるし、自分の幸せなどを考える事が罪悪な気がしてきて、「一生ついてないと…」とかって思ったりしてしまうと、本当に大事件になってしまいそうな予感。
そして、お父様以外の家族の人が看病(?)すればするほどお父様はそれに甘えてしまうだろう。
ここからは悪循環だ。
お父様本人ができる事もしなくなるだろうし、家族はそれに振り回されて疲労が貯まり、気まずい感じになる。
将来への不安や不満は、ご家族それぞれに悪影響を与えて…。そしてその気まずい雰囲気は家族一人一人のモチベーションを低下させ、看病(?)も徐々に手薄になっていくが、その頃にはもうお父さんは自分の事をしない、できない状態に…。
みたいな。
ま、ここまで悲惨な事になるかは分からないが、本当にやばい悪循環になりそうな感じ。
どうか、ご家族一人一人がしっかり「自分」を持って、お父様と関わってって欲しいな~…と思ったりする。
俺は目が悪い。が、たぶん健常者と同じ人権を持っているだろうし、それは家族の中でも同じ事だろうと思う。
病人は弱いのでは無い。病人や、障害者には、不都合こそあるが、弱者とは違う気が…俺にはする。
ま、機能的にはそれこそ「障害」ってぐらいなのでハンディがある。病中でも、それに近い状態と言える。が、そこを自分の努力と、周囲の人たちの助けで乗り切って行かなければならないだろうと思う。
病中ならば、医師だったり、そのほか医療専門職の人たちの力を、俺で言えば、目の見えている人たちの力を…。
借りながらでも、自分の足でしっかり前を向いて立ち、努力していかなければ…。
周囲からの力だけでは、周囲の人が先に疲れてしまう。そして、共倒れになる。
そうならないよう…。
俺もこれからもっともっと努力してかないと…と思う。
そして、知人のお父様にも…。同じ事は望まないし、臨んではいけないと思うが、せめてご自身を大切にする事から始めてみません?
と言いたい気持ちになった。
今日は、かなり長い上、話しがあちこち飛ぶし、誤字まくりだと思うし、本当に乱文乱筆、しかも長文だったりしたのに、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
上に書いたことは、あくまで俺個人が思っている事。
障害者や病中の方全体の意見を代弁したのでは無い事を、ご理解いただけたら幸いです。

勉強

勉強って…難しい。
今日、そう思った。
いや、実は数日前から考えたり、感じたりしていた。
俺の近くに大検を目指して勉強している人が居る。
大検を目指す…なんか日本語がおかしいが、そんな感じ。
話しを聞いてみると、高校生の頃は、勉強が嫌になり、退学したらしい。
そして…今。
20代後半になってから、再度勉強を始めているらしい。
すごいなって素直に思う。
俺に同じ事ができるか…。
正直、大学は卒業しているので、本当に大検を受ける必要は無い。
が、そういう問題では無くて…。
一つの事をしようとして、目標を立て、勉強していけるかって事。
正直、無理っぽい。
仕事に追われ、家に帰ってきてはグッタリしている生活。
そして、起きたらちょっと身支度してまた仕事へ…みたいな。
そんな俺のどこに勉強する時間があるんだろうって感じ…。
そりゃ、仕事で使う知識や技術は、日々更新していってるつもりだ。
が、目標は患者さんの「最高」である事意外には無いし、それは患者さんお一人お一人が評価してくださる性質の物だと思う。
が、大検なんてのは、そうでは無い。
幅広い知識を蓄え、昔の勉強を掘り起こし、納得いけなければ納得できるまでやってみるだろうし、ひたすら記憶すべき物もあったりするだろうと思う。
そこまで果てしない物が、俺にできるのかな~…って、本当に思う。
そして、たぶん無理っぽいなとも…。
正直、俺は学歴なんてのを気にした事は無い。
別に俺が大学を卒業したからと言って、友人や、彼女もそうであるべきだと思わないし、特にマイナスイメージも無い。
やりたい事があったり、高校の勉強より、もっとしたかった事があったりしたなら、それはそれで良いんじゃない?ってかえって羨ましく感じたりもする。
俺は漫然と(医大には行きたかったけど)高校に行ったし、試験勉強もした。
が、それだけの事と言えば、それだけなのだ。
音楽も、野球も、ちょっと喧嘩も…やるにはやったが、それだけ。全てを無くしても…とは思えなかった。
そこまでなにかがしたいとかっていう情熱みたいなものが俺には無かった。
それに比べたら…本当にすごいなって思う。
20代後半になってから、中学生の頃の勉強から始めるなんてのは、本当に大変だろうと思う。
しかし、それを決断し、時間がかかってもやり遂げようとするその姿勢…。
本当にすごいな~…。
勉強は、自分のためにするべき物だろうし、できないよりはできる方が良い物なのかも知れない。
が、そんな当然の事って、忘れがちになってるんじゃないのかな~…って思ったり。
「毎日が勉強」だと思うと、毎日いろいろな事を発見したり、記憶したりできるのかも…。
そして、それは俺にもとっても大切な事なのかも…。
毎日を新鮮な気持ちで過ごし、謙虚に…みたいな気持ち。
そう思ったりしながら、その人の力になれるのであれば、なっていきたいな~って思ったり。
少なくとも、生物学や、数学なんてほは俺にも分かりそうな感じ(冷汗)
歴史とかは壊滅的なんだけどね(冷汗)
それにしても…。
ゴールが遠くてもそれを目指そうとする事、毎日一つでもなにかを学ぼうとして生きる事、計画を立ててそれに向かって努力を惜しまない事…。
それら、当然と言えば当然の事を、改めて感じさせてくれたその人に…感謝。
本当にありがとう。
そして…
どうか、恋も仕事も、そして勉強も…。
頑張ってね☆
きっとあなたにはできるはず。
俺にできそうな事があれば、遠慮なく…言ってみてくださいね。できなければ、できないって即答しますから(ぉぃ)
でも…目標に向かって…。
頑張れ!!

不器用な優しさ

不器用な優しさが、たまにびっくりするぐらい、俺の心を打つ事がある。
俺は素直な人が好き。
分かりやすいから楽だとかじゃなく、一緒にいろいろ考えたり感じたりしていければ…と思うから。
あらぬ誤解を招いて喧嘩をしたりする時間がもったいない。
それより、もっともっと理解を深め合う時間を過ごしたい。
恋人であっても、家族であっても、他のだれかでも…。
その姿勢は変わらない。
患者さんともゆっくり話しをしながら、症状の把握をし、俺になにができるかを真剣に、そして冷静に考えるようにしている。
が、正直全ての感情を言葉にできると思っている人も、これまた苦手。(苦笑)
なんせ、言葉にできないからこそ、感情って事なんだろうし、全ての感情が言葉や、他の手段で完全に伝えられるのなら、「気持ち」なんてものもいつか、ITにやられてしまうのかも知れないと思ったりするし。
俺もある程度ITに詳しいつもりでいるし、その恩恵にもあずかっていると思う。
科学や技術の進歩にも期待している。
医学なんてのも、それこそ科学や技術の推移を中心に進んでいると言っても過言では無いぐらいの領域だろうと思う。
心だって、人間の脳の動きによる物なのかも知れない。
脳についてはまだ分かっていない事が多く、あの大天才とされるアインシュタインだって、大脳機能の5%ぐらいしか使っていないのでは?と言われたりしている。
脳は、神経細胞の集合体。神経が機能すればそこには電位が生じる。その電位の流れを解析したりする事は、既に行われていて、検査などに用いられる。
脳波ってやつなんですけどね。
さておき、その脳波の検査でも、まだまだ分からない脳の活動ってのがある。
これからの解析技術や、検査機器の進歩などに期待している。
脱線したが、そうやって人の心の動きだってあるところまでは、デジタル化されつつある。
が、気持ちってとこまでは、まだま~だ到達できなさそうな感じ。
医学系を専攻した俺が言うのもおかしいが、ず~っと「気持ち」なんてのは、「聖域」であって欲しいような気もしている。
そして、その気持ちの中にある優しさ。
その優しさを素直に表現できる人も居るが、そうじゃない人もいる。
うちの父なんかがそうだ。
父は、仕事が忙しい人で、めったに母を外食に連れ出したりしない。
母の作る手料理があまりに美味しくて、外食の世話(?)なんかにならなくても良い…そう考えているのかも知れないが、専業主婦の母としては、たまには外で食事がしたいらしい。
そんな時、母は俺をよく利用(?)する。(汗)
例えば大学生時代。
俺はつくば市。実家は秋田県。
つくば市は、東京から電車で1時間+バスで40分程度。
または、東京から高速バスで80分ぐらい。
俺の実家から車で11時間ぐらい(滝汗)
しかし、俺が大学に帰ろうとすると、母が父に言うのだ…。
「お父さん。たまには送ってってあげたら?」
正直それを聞くとぞっとする。(爆)
11時間も同じ室内でじっとしてるのは辛い。
当時の経路で言うと…
実家の地元駅→秋田駅(1時間ちょい)
秋田駅→盛岡駅(2時間半ぐらい特急)
盛岡駅→東京駅(3時間?4時間?東北新幹線)
東京駅→筑波(高速バスで80分ぐらい)
こんな感じなのだ。
でも!!イスが変わるだけで、気分は一新。あんがい時間はかかるが、平気だったりする(笑)
ちょっとした旅行気分になれたりもして(笑)
しかし、そこで母は言うのだ…。
「お父さん。送ってあげたら?」
もしも、父が車で送ってくれるとなれば、自家用車に11時間も乗らなければならなくなる(T_T)
しかし!!
しばらく父は考えて返事をする。
「そ、そうか…たまにはいいか…」
母はその返事を聞いて、満面の笑みを浮かべる。そして、母は前の日から、いろいろと準備(ポットにお茶入れたりとか)して、その日を待つのだ。
本当は飛行機や電車で帰る方が俺は楽なのだが、母の気持ちや、楽しみにしている顔を見ると、それが言い出せない。
無理して飛行機で帰った事もあるにはあるが、とても残念そうだったし…。
そして、父は母と俺を乗せて、11時間運転し、つくばへ向かって走り出すのだった。
独身時代は知らないが、俺が物心ついた頃には、外食もほとんどしない父。仕事ばかりで、母を遊びに連れて行ったりしなかった父。
そんな父だが、そういう時は…11時間も続けて運転し、つくばへと乗せてってくれる。
一緒に勉強も運動もした記憶は無いが、たま~にそうやって優しいところを見たりすると「こういうのもいいかな…」ってすこし思うと同時に、すこしせつなくなる。
それとか…。
たまに母が遊びに大阪までやってきて、帰る日…。
俺が仕事に行くので、母より先に家を出るそのとき…
「今日は、なにも作っていかないよ。あんた、お皿洗うの大変だからね…ぜ~んぶしまっていくよ!」
と言って母は俺を送り出す。
しかし!
仕事から帰ってくると…
俺が好きな物を作ってテーブルの上に整然と並べておいてくれる。
それを見たりすると、正直かなりひざが…ガクッ!となるぐらいせつなくなる。
どうやら、残り香とか、そういうのに弱いようだ。
俺の感謝などの思いや気持ちを伝えたくても、すぐに伝えられない…。相手がもうそこには居なかったり、もう会えないという現実があったり…。
そういうのに、俺はとても弱いのかも知れない。
そして、不器用な優しさは、俺をそういう気持ちにさせる事が多い。
後になってから「あ…」って思ってももう遅い…みたいな。
ここまで書いてきて思ったが、不器用とかじゃなく、俺にとって分かりにくい優しさの事が言いたかったのかも…すんませんm(__)m
すぐに相手の人の真意を汲み取れればすぐに感謝したりできるから、まだいい。そんな気がする。
なるべく心のアンテナを最大限に使っているつもりでも、心の眼を開いているつもりでも…その瞬間見落としてしまった優しさや、気持ち…。
そういうのを後になって感じると、がらにも無くせつなくなったり、悲しくなったりするのかも知れない。
特に今日、大事件があったりしたのでは無いが、ちょっと思ったし、いつもそれを感じて、一期一会で生きてるつもりなので、書いてみました…。

大学の頃の話

名前をつけたりするのって、なんか悩む。。
ゲームする時だって、かなり悩んで付けている。
[本名を書いてください」
と書いてあるゲームじゃなければ、そりゃもう本当に悩む。
俺の飼っていた猫の名前はハニー。
これだって、かなり悩んで命名したのだ(笑)
どんな子になって欲しいか、どんな風に生きてって欲しいか、今の状態はどうか…そして、気に入ってくれるか…。
実はそのハニーの名前を考えた時だって。
結局10種類ぐらいを考えて、次々に呼んでみた。
そしたら、「ハニー」と俺が呼んだ時「にゃ~」って言ったから、俺はハニーにした(笑)
おそらく、たまたま「にゃ~」って言っただけなのかも知れないけど…(ぉぃ)
それでも、毛も蜂蜜色だったし、ハニーでいいんですっ(謎)
そんな俺だから、名前をつけようとすると、最後まで悩む。
ネットが長くチャットとかもしていたりしたので、ハンドルネーム(ここで言えばGodhand)とかもあるにはある。
が、ゴッドハンドってのもね~(汗)
運悪くやつに裏切られたりするとむっとするし(ぉぃ)
先にストーリー的に別れなければならないってのも嫌だったりするし(苦笑)
なので、そのキャラクターの顔や、特技、技なんかを象徴しているような名前を付けている。
そして、名前とはちょっと違うが、なんかの催し物(?)にも名前を付けたくなる。
例えば飲み会。
「第51回**君追試記念、みんなで騒いで応援しちゃおう会」
結局はただの飲み会でも、そうやってむりやり名前をつけてしまう。
でも、これって偉い人たちだってやっている。
「日本語のあり方についての検討会」
みたいな感じ。
それにちょっと便乗してみたくなっただけの(?)事。
そして、その長い名前を短縮したバージョンもついつい考えたくなる(爆)
「全日本**君留年記念、**君を励ましつつ、明日はわが身と思って引き締める会」→「全留会」
みたいな感じ。
どこをどう省略して、おもしろくするかってのがポイントみたいな(汗)
これを書いていて今思い出したのだが…そう言えば、俺の同級生に
なみ
と言う女の子が居た。
敬けんなクリスチャンで、ピアノを習っていたとされる彼女は、ほがらかで、いつもテンボケで俺たちを笑わせてくれていた。
が、しっかりした人で、毎週教会に出かけたりしていた。
そんな彼女に、生理学教授が質問をした。
「なみさん…え~っと、人間ののど、咽頭(いんとう)には、異物の侵入を阻止したりするための毛みたいなのがありましたね?それをなんと言いましたっけ?」
その質問を聞いた
なみ
は、真剣に考えた。
咽頭(いんとう)にある毛…。
立ち上がった
敬けんなクリスチャンであり、日々真面目に勉強をしている女子大生の
なみ
は、
「はいっ!
と返事をし、大きく息を吸って、ハッキリした声でこう言った。
「いんもう」
咽頭(いんとう)の毛→咽毛→(いん)とうの(け)→いんもう→陰毛
…俺は…耐えた!!
が、
なみ
の横に座っていた大阪生まれの女子が、ついに噴出し、結局全員大爆笑してしまった。
生理学教授(女性)も、笑っていた。。
普段は優しく、とっぴな答えにも「惜しいね~」と笑顔で言ってくれるS教授。
俺の学部では「解剖学のI教授が青鬼とすれば、生理学のS教授は赤鬼」
と呼ばれるほどに、学問には厳しかったが、学生の人気はすごかった。
いつでも優しく、母のような存在のS教授。
そのS教授も、さすがに度胆を抜かれたのか、声も出さずに笑っていた(爆)
あぁ、
なみ
よ。こうやって一生語られる失敗をありがとう(爆)
ま、さておき…(?)
名づけるってのは楽しい反面、おかしくなるとろくなことが無い。
怖いもんなんですな…(冷汗)
勝手に名づけるのはほどほどに…。

思い出話

一味…いちみ唐辛子の話しじゃありませんよ(汗)
料理の話しに違いは無いんですけどね(ぉぃ)
俺が思うにですね。
というか、なんというか…。
俺は昔よく料理をしてみていたんですよ…。
名前も無い、本にももちろん載ってない…そんな料理(笑)
ある意味芸術。
その意味するところは…
「同じ物を2度と造れない」
ってとこなんですけどね…。
さておき…
さすがに今となっては
「焼肉焼いたら家焼けた」
になってしまうのが恐ろしいのでやってないのですが(滝汗)
でも、けっこう好きで作ったりしてました。料理。
食べたいと思った物を、ヒラメキ(?)と、山勘(!?)で…(笑)あ、それと、ちょっとした愛と工夫で(謎)
そうすると、びっくりするぐらい美味しい物が出来たりもするのですが、極稀に…。
いや、けっこうな確立で(?)
びっくりするような、思わず鳥肌が立つような…
そんな味のする料理が出来上がったりするんですな。
そんな思い出の料理を一つ…。

肉じゃが☆
いや、肉じゃがが珍しいんじゃなくてですね。
俺はふと思った分けです。
「肉じゃがも…上品な味とかにならないもんかいね~~…」
茶碗蒸しとかって、良いとこで食べたら、びっくりするような上品な味(心境としては、お味)がしますやん?(笑)
出汁の味だけじゃなく、上品にちょ~~っぴり柚子の味がしたりとか…。
そういうのって、な~んかこう、良いですやん?
例えるなら…。
素敵なお姉さんが通り過ぎた後にふと香る甘い風…みたいな。
取り込んだ直後の布団…みたいな(謎)
で、肉じゃがにもその甘くせつない恋の雰囲気(!?)を演出(??)できないものかと…。
そして、俺はヒラメキました!!
あの素材!!
独特の香りのある…あの素材を最後に入れてみよう!!
そう、あの素材…。
家庭料理代表とされ、それが美味しく作れたらお嫁に行ける(かも知れない!?)ともされる肉じゃが。[**の素など除く)]
その肉じゃがに…俺は今こそ!!
上品さ
をプラスしようとしているのだ!!
肉じゃがに新しい風を入れようとしているのだ!!
例えるなら…美しい女優さんが、やきそばUFOを食ってるイメージ…(謎)
風鈴を鳴らしながらやってくる一陣の風の中にふと感じるお好み焼きのにおい…(なんのこっちゃ)
そして俺は、作戦を実行に移した。
肉じゃがをなるべく上品な味に仕上げてみた。
普段ならて~っきとうだが、上品さを強調したいので、煮干で出汁をしっかりとった。
醤油の味だなんて言わせない!
出汁命!!
そして、ちょ~っと肉も奮発。表示が確かなら、国産牛の、ちょ~っと良さそうな肉を選んで使用。
料理酒など許さぬ!!ちゃんと飲む酒!しかも、ちょっと辛口!(笑)
一気に熱を加えず徐々に…。もちろん、ジャガイモもライトに火を通しておいて投入!!
これで…味見したら…
んまいっ!!(笑)
そして、仕上げ。
俺は…
あの素材
を、自信たっぷりで取り出した!!
そう、あの素材をゲットするのに、遠くのスーパーまで行ったのだ。
この瞬間のために、俺はさほど食いたくも無い(!!?)肉じゃがを作ってきたのだ!!
そして、その素材を細かく切って、投入!!
ちょ~っとだけ熱を加えて…
「超上品肉じゃが」
完成!!!!
一口食べてまずびっくり!!
二口食ったらもう瀕死!!
三口目には…もう昇天!!
オエ~~~~~ッ!!
口の中に広がる出汁の味と香。
ほくほくした中にも、ちょっと甘みのあるおいもくん。
しつこすぎず、今日ばかりはすこし脇役気味の牛肉くん。
その二つの素材を引き立てるように、甘くて歯ごたえ楽しいたまねぎちゃん。
それらの具を、優しく調和させつつ、お腹の掃除もしてくれる、いとこんちゃん。
そして…
その美味しさの調和を乱すばかりか、全てを破壊し尽くす、言うなれば、キングボンビー的な存在感と、恐ろしさの
あの素材
…。
声も出ないぐらいの大打撃!!
俺は…。
現実とは、俺の存在とは、人生とは、世界とは、愛とは、欲望とは、男とは、女とは…。それらの質問を1度にされてしまった時のような限りない大混乱の中に、俺は引きずり込まれんばかりの勢いだった…(T_T)
そう、最後に入れた
あの素材
とは…




茗荷(みょうが)だ~~あっ!!
そして、俺は学びました。
向上心は身を滅ぼす事もある…(汗)
良い子のみなさんは、くれぐれも真似なんかしないようにしてくらさ~い(するかぼけ!)