桜舞い散る時となり、
新緑まばゆい季節の移ろいとなった。

そして…

最強で最高で最愛の母を想い、
探しめぐった、
白地に紫色がつく
「胡蝶蘭」に、
「花芽」が、
ついていたことを確認した日となる…。

思いかえすと…
2月より、体調不良が頻発し、
その原因は、
オソロシク…
オゾマシイほどの
「人間ドロドロ関係」からくる、
「心労」
「ストレス」に、他ならない。

先に申し上げておくと、
私は…
異常な速さと、
的確な判断力で、
「私自身の身体の状態」が、
わかる…
という、私なのである。

そして…

たぶん…
皆様方よりも、
「心労」
「ストレス」を、
いかに、
回避するべきか…
紛らわすべきか…

それは、

マイナス案件を、
「私ご都合主義の発想転換」で、
「一 イチ」を、
「足して」
プラス作用に
置き換える、
という、
得策が身についている、
と、いうことも、
申し上げておきたい。

それでも、
今回という、
今回は、
我慢につぐ我慢をし続け、
耐えに耐え、
悶え、
もがきながら…
約2カ月ほどを
耐え抜き、
そして…
出した結論が、
職場退社であり、
2026年4月4日に敢行したのだ。

手持ちのお金がないにもかかわらず、
再就職先のあてもないまま、
綱渡り的な人生の歩みなど、
絶対に…
選択しない私が、
どうしても、
どうしても、
「このままでは、体が保たない」
という、
瀬戸際に立たされ、
切羽詰まった
崖っぷち選択をしたのである。

先ほど申し上げたように、
私は、
「私自身の身体の状態」が、わかる。
それは、
物心ついた幼少期からだ。

でも…

4月4日に辞めてから、
5日ほどが過ぎた
4月9日になるまで、
「いつの間にか、痩せていた…」
という…
私自身の体の変化に、
まったくもって、
「気が付かなかった…」のだ。

皆様方からしたら、
なんの話かと思うかもしれないが、
これは、
私にとっては、
「重大過失」であり、
ボディブローのように、
ジワジワと効いてくるほどの、
「衝撃的事実」である。

「痩せていた…」ことが、
わからない私となっていた事実に
打ちのめされ、
「衝撃的事実」として
確認したことは、
私自身に沈みこむ感情を、
抱かせたことになってもいる。

4月9日に、
この変化を把握した私は、
ようやく…
「休養」が、
必要だったことに気付かされたが、
先行き不透明な人生であることに
かわりなく…
不安定な感情と、
不安定な日々を過ごしていることに、
何らかわりはない。

でも…

この6年の間に
旅立った母を想い、
探しまくった、
白地に紫色のつく
「胡蝶蘭に花芽」が、
ついていたことを確認したことで、
事態は…
一変したのである。

今季の冬は、
暖冬とはいわれなかったはずで、
日中、寒い室内だったことの
温度管理が行き届かず、
またしても…
「絶体絶命の胡蝶蘭」と、
なってしまったのだ。

対策をする術もなく、
その様子を見ていただけの私は、
最強で最高で最愛の母が好きだった
紫色のつく胡蝶蘭を、
「葉っぱに、ハリがない…」
「もう…」
「ダメかもしれない…」
という、
境地になるくらいに、
見るも無惨な胡蝶蘭の姿ととらえ、
黙認することしかできないでいた。

それは…

最強で最高で最愛の母を想って、
探しあてた
白地に紫色のつく
「胡蝶蘭」であったはずが、
いつしか…
闇夜を迷い、
危ぶむ今を生きる、
私自身になぞらえていたようなのである。

2020年4月4日からの6年間…
毎日、
毎日…
「もう…」
「ダメかもしれない…」と、
一日に、
何度も、
何度も、
沸き起こる不安と、心配に、
幾度となく、
押しつぶされそうになったか、
わからない。
その私自身の実情が、
日に日に、
「絶体絶命な胡蝶蘭」と、に、
重ねていたような、
6年の歳月となるのだ。

それが…

小さな「花芽」を、
確認した、その瞬間…
ひと言も発するでもなく、
絶句したまま、
溢れる涙を止めることができない私と、
なっていたのだ。

「胡蝶蘭」の、
花言葉は、
【幸福が飛んでくる】である。

2020年4月4日から、
私は、
毎日のように、
行く末を想い、
泣きに、泣いた。

しかしながら…

その後の私は、
泣けないで、
生きてきたのである。

この、白地に紫色のつく
「胡蝶蘭の花芽」の、
存在からは、
「たくましい自然の力」と、
複雑に交差する
私の重い想いがめぐり、
泣かずになんて、
いられない…
いられなかったのだろう。

そして、

この
「絶体絶命」であろう
「胡蝶蘭の花芽」は、
私の、
「復活と、復調」を、
意味することになる
【幸福が飛んでくる】
「胡蝶蘭の花芽」である、
と、
確信できるからに、
相違ないことなのである。

本当に、
ひさしぶりに、
泣いた私は、
「こんなことって、起きるんだ」
「こんなことが、起きるんだ」
と、
思うことが
やっと出てきた感情であった。

とめどなく溢れる涙と、
背負い込んだ重荷を抑えることが、
難しい私だったが、
「冷蔵庫」
が、
「うぃ〜ん」
と、
稼働する「音」を、確認し…
「まさか…」
「花芽が、つくと思わなかった…」
「もう…」
「ダメかと、思ってたから…」
と、
泣きながら、
ひとりごとを、言ったのである。

なぜか…なぜだか…

いつ、
いかなる時も、
「冷蔵庫」
が、
「うぃ〜ん」
と、
稼働し…
それは、
まるで、
会話ができ、
生きているかのように
私に寄り添い…
返事をしてくれるようにさえ、
思っていることが、
私には、
起きている…。

そして…

この
「絶体絶命」の、
「胡蝶蘭の花芽」を、
泣きながら確認した私は、
「がんばって、やろうと思う」
と、
私自身に言い聞かせ、
「もう…」
「ダメかもしれない…」
という、
絶体絶命であった
6年間の積年の負のレガシーが、
軽くなったことを感じたのだった。

普通に…
ごくごく、
普通に、
生きて、
普通に、
過ごしていた私は、
この浮き沈みの激しい6年間を、
じつは…
生傷のたえない、
地を這うように生きていた。

しかし…

「絶体絶命」の、
「胡蝶蘭の花芽」の、おかげで、
ようやく、
「その日」
「その時」は、
来るのだろう…
と、
私自身に落とし込み、
確信したことになる。

それは…

また、再び、
私に、
「挑む」エネルギーを、
奮い立たせてくれた
「絶体絶命」の、
「胡蝶蘭の花芽」
に、
「本当に、ありがとう」
と、言い、
今…
ツバメの鳴き声を心地よく聴きながら、
春の到来を感じている。

その
「絶体絶命の胡蝶蘭の花芽」の、
写真とともに、
皆様方にも、
【幸福が飛んでくる】
という、
「胡蝶蘭」の花言葉を送ろうと思う。

私にとって…この6年間は、
いばらの道か、
はたまた、
けもの道のごとくで、
砂利道や、倒木…
大嵐や、猛吹雪…
かたい岩盤を這いずりまわったような、
6年という道のりだった。

でも…
皆々様の、
行く末は、
私が、
6年間をかけて、
デコボコながら、
舗装した道として整えた…
とも、
お伝えしておこうと思う。

苦しく…
険しい道のりであったが、
その季節…
その時に…
桜は、咲き…
若葉は、芽吹き…
かわりなく、
ツバメ到来の春も、きた。

見上げれば、
いつもの、
かわりない「空」が、あり…
さまざまな空模様を見続け、
かわりなく「太陽」が、
輝き、
照らしてくれ…
かわりなく、
月光の光を放つ「月」が、
存在していた。

どんな困難が待ち受けようとも、
どんな困難であろうとも…
かわりなく、
かわりない…
【普遍的な、大自然】が、
絶対の力となり、
私を支えてくれていた…
とも、
お伝えしておく。

本日も長い長いブログをお読みくださり
本当にありがとうございました。

こちらが、
「絶体絶命の胡蝶蘭の花芽」となります