偶然にして、
同年代の、
同期入店のスタッフが、
突然にして…
本日をもって、
仕事を辞めることになった…
と、言い、
私の勤務先に挨拶に来てくれた。
その、突然にして、
仕事を辞めることにまでなった理由は、
【下肢静脈瘤】がわかったため、
「立ち仕事」に、
ドクターストップがかかったことと、
本人も、
右足が痛くて、
「立ち仕事」を、
続けることが難しい…と、
判断したのだそうだ。
一通りの話をお聞きし、
お見送りをした私は、
ふと…
母も、
薄緑色のぼこぼことした血管が、
浮き出ていたはずの、
【ひどい下肢静脈瘤】だったことを、
思い出したことになる。
でも、
「病院受診」はなく、
よって、
「薬」「リハビリ」
「治療」等々も、なく、
なかには、
「手術」をされる方々もいるため、
どうして?
母の、
【下肢静脈瘤】が、
改善したのか?をお伝えしようと思う。
まずは、
母の【異常な運動神経】を物語る…
家族談話からだろう。
「なんで?!」
「あんなに…」
【遅く、】
【走れるんだろう?!】
「どうして?!」
【あんなに、遅いんだろう?!】
「いつも、いつも!」
「見ていられないくらい、」
「遅いんだよ!?」
「ほんとに!」
「嫌で!」
「恥ずかしかったんだよ!」
これは、
母の二つ下の、
足が速かった叔父から、
よく聞かされていた小中学生時の、
姉である母の運動会での、
「いつも、いつも」の、
「異常な、」
【遅さ】が引きおこす、
「恥ずかしくて、嫌だった…」
【ビリッケツな、姉】叔父逸話だ。
自他共に認める母の、
【異常】と言える、
【運動神経の無さ】は、
私が幼稚園児となった、
はじめての運動会からもわかることだ。
たしか、
パン食い競争をかねた、
「かけっこ」で、
ゴールテープをきった私に、
どこからともなく近付いてきた母から…
「よかったーあ!♪」
「一番、最後じゃなくて!♪」
「私、」
「いつも!いつも!」
「一番、最後だったから!」
「私に似てなく、」
「本当に!よかったーあ!♪」
とか…
言われた記憶と、
その後も度々、聞かされた、
ビリッケツじゃなかった娘を思う…
母だったことがわかる。
さらに、
【異常】と言える、
【運動神経が無い】母だとは、
知る由もない小学生になった私は、
「授業参観には、」
「みんなのおかあさんみたいに、」
「自転車で、来てほしい!」
とか、
言ったらしいが、
この当時…
三十代後半の母は、
【異常】な、
【運動神経の無さ】から、
【自転車】には乗れなかったようだ。
まさか…
そんなこととは知らず、
「自転車で、来てほしい!」と、
言われた母が思いついた妙案とは?
ゴルフの素振りができるから…と、
父を付き合わせ、
夜な夜な…
「私の子供用自転車」を押しながら、
薄っ暗い空き地で、
「こっそり自転車!猛特訓」を、
四十代目前で始めたことになる。
この話も後々…
父からも、
「まさか?!」
「自転車に、乗れない!?とは?」
「思わなかったんだよ!」
「オカシイ…と、思ってたんだよ!」
「お前の自転車を持っていくから笑」
という、
これまた家族談笑話となり、
子供だった私が、
どのくらいの練習で、
自転車に乗れるようになったのか?!
と、
父に問い続けてもいた、
【異常に運動神経の無い母の…】
夜な夜な自転車猛特訓だったようだ。
そんな…
そんな…
自他共に認め、
叔父からは、
「嫌だった…」
「恥ずかしかった…」とまで、
言われ続けた…
【異常】に、
【運動神経の無い母】が…
こともあろうに、
昨今の登山ブームにのり、
山ガールに目覚め?!
6,7時間の那須連山制覇も、
ものともせず、
さらには、
自転車を乗りまわし、
1、2時間なんて、
ヘッチャラで、
市内あちこちへの買い物に、
縦横無尽に乗り続けるまでになるなんて…
いったい、
どこをどうしたら、
別次元の別人級の領域となるのか?だ。
どうしたって、
【異常】に、
【運動神経が無い】母からは、
誰もが疑う余地はなく、
だからこそ、
度々聞くことになる、
家族ネタであったはずだ。
しかも…
【異常】に、
【運動神経の無い】はずの母が、
五十代ともなると…
【歩くことは、体に良い!】と言う、
近年の健康ブームに便乗し、
日常的な習慣として、
【頭に、残った】結果…
私を奈落の底の底に落とした、
【アルツハイマー型認知症症状】の、
最大の悪しき習慣…
【散歩徘徊】の、
引き金にまでなるなんて!?
到底、同一人物とは思えないほどの、
変化をし、
変貌を遂げた母が、
おわかりいただけるはずである。
余談だが…
あまりにも、
【健脚】となった母は、
【速すぎて!】
【一緒に、歩きたくない!】と、
最愛の息子に一喝されたことがある。
そして…
これが、
最強で最高で最愛の母たる所以だ笑
この…
【異常】とも言える、
【運動神経が無い】ことがわかる、
母の両足の膝裏には、
ぼこぼことしていた、
薄緑色した血管が浮き出ていた、
「下肢静脈瘤」があったが、
「自転車に、乗ること…」
「歩くこと…」を、
日常的に行うことで、
若い頃は、
「足が、疲れる…」
「足が、ダルい…」なども言っていたが、
それらの不快症状もなくなり、
「病院受診」さえもなく、
「立ち仕事」である美容師として、
約60年ほどを過ごしていたことになる。
このことからしても、
やはり…
生きている以上、
【体を、動かすこと…】
それは、
【足を、動かすこと…】で、
母のように、
両足の膝裏に、
ぼこぼことした、
薄緑色の浮き出た状態の血管がわかる、
【下肢静脈瘤】だったが、
「病院受診」もせず、
しかも、
【キレイに、改善】されるまでに、
なっているのである。
人として、生まれた限り…
それは、
人として、生きている限り…
【足を、動かすこと…】
もしくは、
【体を、動かすこと…】で、
【自己管理】に繋がること…と、
言えるのではないだろうか?
さらに、
このことは、
【認知症】でも、
同じことが言えることになる。
人として、生まれた限り…
それは、
人として、生きている限り…
【体を、動かすこと…】として、
【頭を、動かすこと…】
【頭を、使うこと…】
【頭を、働かせること…】で、
【認知症を、防ぐことができる】
そして、
【下肢静脈瘤】しかり…
【認知症】しかり…
【防げるなら、防ぐべき】…となるが、
ご理解いただけると幸いである。