なぜ、
日本人は、
由々しき、
汚名であるはずの、
世界一の認知症発症率を誇るのだろうか?

しかも、

「これを食べると…」
「認知症になりにくい…」
などということをはじめ…
さまざまな「推奨例」が、
まことしやかに、
世界的にも、
研究されていることを知ると、
この程度では、
いつまでたっても、
「認知症を防ぐことはできないだろう」
と、
前々からおもっていることでもある。

まず、
認知症になりやすい人の特徴には、

「きちんとしている、人」
「しっかりしている、人」

などは、
とても認知症になりやすい…
という、
世間一般的な話としても、
よく聞くことがあるはずだ。

それは、
「いつも、きちんとしていたのに…」
とか、
「とても、しっかりしていたのに…」
とか、
お聞きすることは、
「認知症発症あるある」
と、
言えるほど、
とても多いのであるが…、
気になる【特例】として、
皆様にも、
ご理解しやすいはずの、
実例をお伝えしようとおもう。

お一人目は、
男性、73歳である。

まだまだ、
現役の営業職にたずさわり、
しかも、
70歳で独立をはたし、
経営者となった方である。

若い頃より、
とても【忙しく】働き、
その成果は、
年収月収にも、
きちんと反映されている実績経験が
ある方となる。

ただ…
この方に、
お会いすると、
いつもいつもいつも、
なんだか、
【忙しい】【忙しい】と、言うのである。

それは、
私にとって、
「終始、」
「感じる、」
「落ち着くことない、」
「ザワザワとした、」
「バタバタ感…」を、
感じてしまうということだ。

ところどころで感じる、
その、
【忙しさ】からくる、
「落ち着きのなさ」は、
私にとり、
じつは…
【負担】という、レベルに値してしまう。

それは、
私の「心臓」は、
皆様方のような、
「平均的な大きさ」よりも、
「ひと回り」
「小さいため」
精神的苦痛をともなうだけでなく、
「心臓への負担」の要素を、
もたらすという、
73歳男性の日常の振る舞いなのである。

では、
どうして、
この男性の、
「生き急ぐような、」
「落ち着きのなさ、」が、
生じてしまうのだろうか?だ。

それは、
営業職という仕事柄、
会社内に居続けることが少なく、
得意先などをふくめて、
外出する機会ということが、多い。

すると、
「仕事中の外出」であるはずなのに、
ご自分自身の
「私的な買い物」をすることが、
毎回毎回毎回…、
毎日毎日…毎日に、
チョロっと、
必ず、
立ち寄る技が身についているため、
コンビニ、
スーパー、
ドラッグストア、
ホームセンター、
アウトレット、
などに、
必ず、
もれなく立ち寄り、
仕事外出中のはずなのに、
買い物習慣化行動が、 
常態化している様子を、
話してくれるからわかることである。

しかも、
どこで、
何を買ってきたのか、
までもを、
親切ご丁寧に、教えてくれるのだ。

(えっ…)
(それでは、)

(忙しい、よね…)

(忙しくしてるよね…)
(ご自分で…)

(だって、)
(仕事中だし…)
(すべてを、把握してるかもだけど…)
(優先順位が…)

【買い物に、なってるじゃん…】

と、
この方に、
お伝えすることはしないが、
イジワルな腹黒さが過る心ない私だ。

そして、
その都度、決まって、
この…
【忙しい】【忙しい】が、
連発され、
この言葉と、
その内容を聞く私は、
なんだか、
「落ち着きのなさ」が、
伝染したように感じ…
「小さい心臓に、負担」を、
感じるほどの、
「ザワザワ感」が、
ハンパない、となるのである。

そして、
次にご紹介する方は、
女性、70歳だ。

こちらの方も、
家事、育児に奮闘しながら、
若い頃から自営業にたずさわり、
その後、
営業職から、
販売職へと転職したあとも、
現役バリバリに働く、
私の先をゆく人生の先輩という方である。

先にお伝えしておくと、
「まじめ、を、超える…」
「生真面目さ、が、ある」と、いう方だ。
そして、
この「生真面目…」な、お人柄も、
私にとっては、
「窮屈」この上ない…と、なるのである。

よって…
この方とお会いする時も、
先ほどの男性と同じく…
いつもいつもいつも…
なんだか、
「落ち着きがなく…」
【忙しい】【忙しい】という方だ。

やはり、
私は、
ここでも…
この女性とお会いする度に、
「小さい心臓に、」
「大負担」が、
生じてしまうほどの、
メンタルダウン的苦痛をともなう、
「心臓ザワザワ感」を、
感じてしまうのだが、
どこを、
どうしたのか、
この女性も、
毎回毎回…毎回、
毎日毎日毎日…
と、
必ず、
それっぽい理由をつけては、
職場から外出脱出を試みる…
という、
「落ち着きのなさ」が、
頻繁に、
頻発する持ち主で、
バタバタ、ガサガサと、
【忙しく】
「生き急ぐ感」が、
目まぐるしく漂う方となっている。

しかも…
この方も…

「仕事中」であるはずの、
この外出時に、
必ず、
コンビニ、
スーパー、
ドラッグストア、
ホームセンター、
病院受診、
処方薬受け取り…にと、
先ほどの男性と同じく、
平常心で立ち寄ることができ、
お付き合いだから、
と、
言いながら、
花を買うためだけの、
市内南北横断移動なんてことも、
毎回、
毎度できちゃう、
日常茶飯時ヘッチャラ行動ができる方だ。

そして、
またしても、
何を買ってきたのか…
までもを、
教えてくれ、
外出土産に、
お菓子をご馳走になってしまい、
私の口は、
塞がれるが、
お菓子で釣られ…
社長にも、
専務にも、
外出していたことは、
言わないでね…
と、
暗黙の了解が成り立つのであった。

その結果…
一日にこなす、
仕事のほとんどを、
スタッフ総出で手分けをしてやり遂げ、
この女性の仕事内容は、
それっぽい理由の、
仕事?だよ外出と、
移動時間に費やされていた、となる。

その後…
毎回、決まって…

とんでもなく、
バタバタ、バタバタしながら、
「あれっ、」
「あれ、みなかった?」
「ここらへんに…」
「置いたはずだけど…」
「あれ…」
「なんでないんだろう…」
と、
デスク周辺を、
かき乱すという「オチ」がつくことが、
常であり、
なんと、
なんと、
先ほどの男性も、
「いつも、探しものをしている」
という、
なぜか…
同じルートをたどるという、
負のミラクル発動が、
お二人共にみれる「着地点」まで、
そっくり似ているため、

(あれ…)
(デジャヴ…?)

私の驚きっぷりはハンパない…となる。

ながい内容だが、
ご理解いただけるだろうか?

今回のブログ内容は「認知症」である。

冒頭でもお伝えしたが、
【なぜ、認知症になりやすいのか?】
ということを、
一番わかりやすくご説明すると、

「きちんとしている」
「きちんとしすぎている」

「しっかりしている」
「しっかりしすぎている」

ということで、

【脳は、固く、硬くなり】
【萎縮しやすい状況】を、
【ご自分自身でつくり続ける】
ことで、
「認知症になりやすい」
と、
なるのである。

が、しかし…。

お伝えした70代の、
お二人の日常にひそむ、
【忙しさ】からくる、
「落ち着きのなさ」は、
仕事であるはずの優先順位を
後回しにまわし、
「こう!」
と、思ったら、
【間が、持てず…】に、
ご自分自身の用事を優先するあまり、
日常的に、
いつもいつもいつも、
なんだか、
【忙しく】
「落ち着きさが、ない」
となってしまう。 

残念なことに、
この、
【間が、もてない】 
【間を、おくこと】
という、
【ゆとりのなさ】は、
【認知症発症リスク度】が、
上がりはじめている初期段階の、
入り口を意味していて、
【脳の働きが、固く、硬く】
なり始めていることが、
日常行動からも、
わかる段階を意味してしまい、
さらに、
とても、残念なことに、
【老化】も、
はじまっていることも意味してしまう。

このお二人の様子からもわかるように、
【忙しい】ことで、
あらゆる考えや、行動までもが、
「単調で、短絡的」になりやすい、
【リスク】を、
ご自分自身が行うことで、
【認知症】の、
【リスクの種】を、
蒔くことをしている…ことを、
意味しているとなる。

このように、
ご自分自身の行動で、
【認知症発症】の、
【リスクの種】を、
増やし、
育てる要素をつくり出すことで、
知らぬ間に、
ご自分自身の人格ポケットに、
【認知症発症リスクの種】を、
バンバンに詰め込んでしまう。
で、あるならば、
ご自分自身で、
その【リスクの種】を、
育てないようにするべきで、
その【リスクの種】が、
増えないように、
日常に潜む、
【忙しさ】を、緩め、
「落ち着き」を、もつことで、
「認知症」は、
【防ぐことができる】
となるが、
皆様は、いかがだろうか?だ。

しかも、
このお二人ともに、
まだ、70代前半で、
できる限り、
現役で、働きたい!
と、おもっている方々である。

でも…
またしても、
お二人ともに、
オソロシイ「共通点」があり、
口にする言葉は、
「なんだか、」
「ボケてるかも…」
「ボケちゃってるよね…」
と、
お二人共が、同じように言うことだ。

この言葉が、
お二人から出たときは、
「そんなこと、ないですよ〜」
「みんな、同じじゃないですか〜」
「誰だって、」
「忘れること、ありますよ〜」
と、
イジワルイ私が、
決まって言い返す返事となるが、
じつは…
この、
「ボケてるかも…」
「ボケちゃってるよね…」
なんて言葉を、
毎度毎度毎度…
毎回毎回毎回…
なんて、
絶対に、
言わないほうが、いい。

【言っては、いけない!】
禁句ワードとなるのである。

それは、
【脳】という構造体の特性として、
自分自身で、
発する言葉を、
「そのように、そのまま、理解する」
という、
特性があるためだ。
なので、
私は、
最強で最高で最愛の母が、
認知症となっても、
「遺伝性」とも、おもわず、
「私も、いつかは、ボケるかも…」
なんて、
言わないし、
思うことも、ないし、
普段つかう言葉使いさえも、
とても、意識し気をつけている。

しかも…
このお二人ともが、
デスク周辺は、
いつもグチャグチャゴチャゴチャで、
車の中も、
ゴミなんだろうか、
いろいろな物が散乱し、
【だらしなさ】が、
顕著に見られるお二人となる。

じつは、
この、
【いい加減さ】
【だらしなさ】とは、

【認知症になりにくい】
という、
ポイント要素であるはずなのだが、

いつもいつもいつも、
【忙しい】ことを、
ご自分自身でつくることで、
深く考えた行動をしないため、
必要な物を、
どこに置いたのかも、
その、記憶さえも曖昧となって、
何かを、
探すことに、
膨大な時間をつぎ込む日常を、
送っているという、
「共通点」も、
お持ちのお二人の実例なのである。

加えて…
日本人らしい、
「まじめさ」も、
このお二人の「共通点」でもある。
本当に、
仕事のことだけを考えている、
仕事熱心さがわかるお二人であり、
このことは、
皆様をはじめとした、
私達、日本人の美徳であって、
裏を返すと、
この「まじめさ」が、
「認知症になりやすい」ということも、
お伝えしておくべきだろう。

本来であれば、
適度に、
ちょうどいい感じで、
【だらしなく】
「認知症になりにくい人」
と、言える70代のお二人なのだ。

でも、
ご自分自身で、
引き起こしている、
【忙しさ】が、
積み重ねられる日常的な習慣となって、
【認知症発症】の、
気配が垣間見え隠れする、
ということがわかることとなる。

いかがですか?

あなたは、
いま、
慌ただしく、
生き急いでいませんか?
バタバタと、
落ち着きない日々を、
やり過ごしていませんか?

日本が誇る…
認知症発症率世界一の
由々しき汚名返上には、
どうしたって、
【社会構造の見直しと立て直し】が、
必要不可欠なのである。
これは、
欠陥的構造といっても、
過言ではない、
まじめちゃん社会構造だと思っている。

私達…
一人、一人が、
どうがんばっても、
生き急ぎ、
落ち着くことのない、
日本にはびこる常識を、
ブチ破ることなんて、
到底、ムリだろう。
でも…
なにごとかの全面強力をえてなら、
徹底的に、
根底から、
ブチ壊すことも、
可能だろう、と、私は思う。

皆様…
少しだけ、
ゆるっと、
生きることにしませんか?
ゆるっと、
生きることって、
イヤですか?
ダメですか?

小国の島国での、
経済大国世界一は、過去の栄光…と、
なってしまった日本の今。
同じ、
世界一でも、
認知症発症率世界一絶対王者キープ、
って、
ない、
ないない、嫌だ。

私は…、
最強で最高で最愛の母が、
アルツハイマー型認知症と
診断されたことで、
日本の社会構造そのものを、
ブチ壊せば…
認知症は、
より、速く、
防ぐことができると、
思う私になったのである。

最後に、
私にとって、
「認知症について」を、
想い、考え、見聞きし続け、
しかも、
一番身近で、
より深く知り、
接し、向き合うことは、
私に課せられた使命であるだろう…と、
思う私となった。
そうであるため、
最強で最高で最愛の私の母は、
「アルツハイマー型認知症」になった…
といえる。
しかも…
母が認知症発症にいたる経緯には、
この【忙しさ】も、
切っても切れない人生構造が、ある。
そう…、
最強で最高で最愛の母は、
「認知症発症」の、
【すべて】を、
兼ね備えていた母となるのである。
だとしたら、
この過酷な運命を受け入れ、
必ず、
この日本から…
いや、
世界という、
この地球上から、
根絶、
撲滅させたい…と、
無償の愛をもってお伝えしてきたことだ。
2022年に母を見送った私にとって、
「認知症について」の、
さまざまな事を振り返り続け、
ブログとして残すことは、
いまだに続く、
母の人生と、
私の人生が、
止まることになった、
「過去」を、振り返るという、
苦難の連続であった。
見えることのない赤い血の涙が
溢れる想いになったこともたくさんある。
しかも、
存在するはずのない母が、
まるで、
いま、
そこに生きているかのような錯覚は、
耐え難い苦痛であった。
そして、
間違いなくいえることは、
母が「犠牲」になり、
私が「認知症について」の
「すべて」を、
「解明し、残し伝え、根絶させること」
を、意味した事実に直面した衝撃は、
「生まれてこなければ…よかった」
「私の、両親に…家族になったからだ…」
と、私自身の存在を消え去りたかった。
それでも、
私自身もを、
犠牲となり…
身を削り、
削ぎ落とし、
どのような過酷な状況におかれようとも、
この「認知症について」の、
私が知り得ていること、
私が経験してきたこと、
それら…すべてを出し尽くし、
やり遂げなくてはならないという、
私になったということである。
いつか…
また、再び…
私が、
この地球上に誕生するとき。
「認知症」という、
「病気」のことなど、
過去の産物となっていますように…。
私の人生、
すべてを懸けて、
誠心誠意お伝えしてきた、
「認知症」が、
この地球上から無きものになっていますように…
と、
この先を生きる皆様にお伝えすべき、
すべてを書き出し、
もう、これ以上…書き残すべきものは、
ない…、と、なった。

約3年の歳月が懸かった、
テーマ
「認知症の母と私」
最終話133作目、完結となる。

【最強で最高で最愛の母を想い…、
私にしか、できない…Hommage
最強で最高で最愛の形として、
瞬く星になった、母に送る。】
そして…
【最強で最高で最愛の母の…
愛しい息子である、
私のたった一人の弟を想い、
その真実と事実のすべてを、送る。】

【自分など、持つな】
【自分は、なんて、決めつけるな】
私から皆様に、
最大級のHommageとして…送り捧ぐ。

ながい長いブログをお読みいただき、
今回も本当にありがとうございました☆