これまで自分の体を実験台にして
数々の健康法を試してきた。
さかのぼれば15~20年前から
1日2食(朝食抜き)の半日断食をはじめ
ストイックに玄米採食にしたり
食事や油にもとことんまでこだわり
健康食品のあれがいいと知れば
買って最低半年は試し
身体の痛みを取るために
運動療法もいろいろ実践してきた。
自身で結果が出たものは
患者さんにもおすすめした。
しかし、一律誰にでも合う健康食品や
健康法はない。
健康に関する情報は日進月歩だが
「最新の〇〇」と謳ったものは
一歩引いて見てしまう。
今と昔の人類の体の構造は
さほど違いはないだろうに、
情報ばかりが更新される。
例えば、風邪やガンにビタミンCが効く効かない論争や
食べ物で病気は治らないという医学的な言説。
病人が減るとお金が入らない立場の人間は、
当然、薬や定期健診、検査、
早期発見早期治療が何よりも大事だと言う。
検査して早期発見早期治療したとて
西洋医学では腐った枝葉を切るようなもの。
根本原因が何なのか追究しなければ
また別の枝葉が腐ってくる。
本当なら医療に頼らない体作り、
仕組み作りを考えてくれればいいのだが、
患者が減って困るのは医療機関と医療従事者だ。
いかに病院と薬物に依存させるかが
経営安定のキモになる。
当の患者といえば、かかりつけ医に
「いやぁ、先生のおかげです」と感謝しながら
ずっと医者と薬の世話になっている人
(特に高齢者)がたくさんいる。
誤解を恐れずに言うと
病院と薬がなければ成立しない体にされているのに
今なんとか生きられているのは
お医者さんと薬のおかげだと思い込んでいる。
本来ならば、医者いらず薬いらずの体が
良いに決まっている。
しかし長年、薬を飲むのが当たり前、
お医者さんがいるから助かっていると思い込んでいると
忘れてしまうのだ。
人間は優れた自己治癒力を持っているということを。
人は管理されると、楽を覚え依存する。
広い意味で自分が自分でなくなっていく。
政府と医師会とマスコミに国民が管理されたコロナ騒動がいい例だ。
俯瞰して見ればわかる。
ワク〇ン接種しなければ感染すると思い込み、
無症状でも人に感染させると思い込み、
PCR検査するのが当たり前と思い込み、
花粉も防げない市販のマスクが
ウイルス防止に効果があると思い込み、
元から個人の判断だったマスクを
国民の義務でルールだと思い込み。
まったく挙げればキリがない。
こんな調子でコロナ騒動前の自分とかけ離れた行動を
多くの人が無自覚に取り、自らを牢屋に閉じ込めた。
世間は医療従事者を過剰に崇め奉り、
権威のある人間に全幅の信頼を寄せて
自分の健康と命を
白衣をまとったあかの他人に委ねる。
その結果、日本はどうなったか。
医療費は増大、国民皆保険料は値上がり、
ワケのわからない病気もガン患者も右肩上がり。
みごとに病人だらけだ。
生活習慣病で定期的に薬を受け取りに行っている人
あるいは、向精神薬漬けの人は
病院にとって“おいしい患者”となっている。
患者自身が医者任せにすることをやめない限り
医療ビジネスのカモにされる人は
今後も増え続けるだろう。
気の毒だ。
民間療法、お婆ちゃんの知恵袋など
私達の先祖が残してくれた健康法は実学の賜物。
元々、自分で治す力が我々には備わっていて、
その手助けをしてくれるのが先人たちの知恵。
「民間療法では治らない」と否定する勢力が、
噛みつかんばかりに常に目を光らせているが、
まったく効果のないものを
先人が子孫に言い伝えるだろうか?
あまり書くと叩かれそうなので
このくらいにして食の話に戻すが、
食に関して僕は昔ほどこだわっておらず
今は好きなものを腹八分目に食べている。
ただ、足りないものを補うプラスの栄養学には否定的だ。
例えば、ある一つの栄養素だけに着目し、
それが不足していたら摂るという
人の体はそんな単純な理屈で
成り立っていないと思う。
バランスよく食べていれば
そうそう問題は起きないが、
例えば、
極端にミネラルやビタミン類が
不足しているとかなら、一定期間
サプリ等で補うのはアリだとしても
その前にやることがある。
体内に汚れがたまっていたら吸収率は下がるから
まずはマイナスする方が先だ。
マイナスとはデトックス、つまり
体にたまっている毒素・宿便を出す事。
体内を掃除してから良質な栄養を補給する。
汚れたスポンジに浄水を吸わせても
スポンジ内は汚い水にまみれたまま。
まずはきれいなスポンジにすることが先決ということだ。
というわけで、僕は宿便を出すべく
1日18時間前後はものを食べない。
さらに、日頃から体に悪いものは
摂り入れないよう気を付けている。
例えば、食品の原材料は必ず確認して
できるだけ添加物の入っていないものを選ぶとか、
最低限ショートニング、マーガリンを使っているものは
食べないとか。
しかしながら、
食べ物をどれだけ気を付けていても
適度な運動が習慣づいていても
なぜか体調が悪くなる日はある。
食べ物、運動、生活習慣、
改善すべきところがあればする。そのうえで、
極論、人が健やかにいられる究極の健康法はないものかと
行き着いた答えが“意識のコントロール”だ。
すべては「意識」でどうとでもなる。
にわかには信じがたいが、
世の中には常人ばなれした人がいて、
野菜を食べていても肉に変換できるという。
ある種、達観すれば空気でさえ
肉に変換することができるんだとか。
「心頭滅却すれば火もまた涼し」
無念無想の境地に至れば、
火さえも涼しく感じられるという有名な格言があるが、
それも意識コントロールのなせるワザだろう。
そういえば、
普段からお菓子やファストフードを食べていたり
偏食ぎみであるにもかかわらず、
特に病気することもなく、
いつも元気な人が稀にいる。
(気落ちする日は当然あるだろうが)
良くも悪くもそういう人の「思い込む力」は凄まじい。
そこまで超越すれば
食生活が偏っていても関係ない。
バイタリティーにあふれ
常識では考えられない代謝をしているのかもしれない。
誰でも「無」になることができれば
その域に達することは可能なようだ。
しかし、情報雑多な現代では、
油断すると集合意識に取り込まれるので
できるだけテレビは見ないようにする、
SNSは程ほどに、のめりこまず、
集合意識のたまり場のような満員電車などには
乗らないようにしたい。
ところで
このところ精神疾患、
メンタルが落ち込んでいる人が激増しているが、
(原因はワク〇ン、ケム〇○イ〇だと推測できるが、
ここでは触れないでおくとして)
病気のほとんどは心が関係していると言える。
「心」=「気」とするならば
読んで字の如く“病は気から”
気持ち一つで元気にもなり病気にもなるのが人間。
心の安定は、前述した意識のコントロールにつながる。
不安は妄想が引き起こしている。
起きてもいないことを妄想するから不安になる。
恐怖は経験と知識不足による。
分からない、見えないものは怖いが、
知識をつけ何度も経験すれば怖くなくなる。
「過去」も「未来」もない。
時間は流れてはいない。
在るのは「今」のみ。
過去は記憶と記録でしかなく、
未来は今の積み重ねだ。
不安になるような妄想をやめて
目の前の出来事に集中し
淡々とこなしていけば
今かかえている悩みのほとんどは
解消されるだろう。




