先日より実家から父が来たる。
別にただ来た訳ではなく、父はもうすぐ死ぬらしいので、その最後の地として我が家にやって来たのだ。
3月11日以降、地震やら原発やらで思考停止した我が家は、その時私の実家に居た。夕方、病院から浮かない顔をして帰って来た父が、「背中が痛いのはどうも大変なことらしい」ということだった。父には、背中に大きな腫れがあった。
4月5日、「家族で来て下さい」ということだったので、父、兄と私(姉は欠席)で地元の総合病院へ行き、主治医から話を聞く。肺癌のステージⅣで、肺はもとより、背中肩甲骨の腫れは癌細胞であるとのこと。更に肺リンパ節と副腎に転移しており、切除は不可能、抗がん剤の投与もできない状態だと言う。
ということで、その後、いずれ寝たきりになるかもしれないし、とにかく「年単位で生きられないだろう」父を我が家に呼び暮らすこととなった。兄も姉もいる私だが、その話を聞いて何故か「我が家へ来て」と最初に言ったのは夫であった。変わった価値観の持ち主であるが、改めて良い夫だと思った。彼なりの色々はあるだろうが、彼はそういう人だ。ちなみに、父はちょうど10年前に胃がんを患っており、既に母と別離していた当時、学生であった私が父の身の回り全てを面倒看た。そんなこともあり、父の面倒を看ることは特に問題なかったのだが、それを夫が汲み取り積極的に誘導してくれたことは、本当に嬉しかった。もちろん、寝たきりを介護したいとか、偽善的な感じでの受け入れたい、という意識ではない。単純に親が、自分のすぐ側で死にゆくことが、何となく落ち着く気持ちがあったからだ。
そういえば10年前の一件以降、私に対する家族の対応が変わった。それまで末っ子の珍奇な社会活動ばかりで変わった子、という感じの扱いであった。しかし、亡き祖母が私を非常に頼りにするようになった。あの当時私は、何かの叙勲を賜ったようだった。祖母が女帝のように振る舞っていた我が家での、何の見返りもない地位であるが。あれは面白かった。
そして、父は火曜日からウチに居る。今日で4日目だ。父はいつも通り生きている。息子(孫1)と話をし、娘(孫2)の面倒を看てくれている。私が朝起きるとみそ汁ができている。夫は、まだ慣れていないようだ。多分、夫が一番慣れるのが遅いだろう。そこが心配なのだが。
まずは、何となく一日が平和に過ぎて欲しい、と、ダラダラ考えている。
ここも忘れないうちに、なるべく書こうと思う。でもいつも通り滞ってくれるだろうが。
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