病院で死亡が確認されたあと、夫はエンゼルケアに入りました。

その間、緩和ケアの先生や、ソーシャルワーカーと話をして、私の思いを吐き出させてもらいました。

少し落ち着いたところで、夫の好きな服を着させてもいいよ、と言われたので、娘と車で自宅に向かいました。


つい昨日、一緒に乗っていた車。

夫の温もりまで残っていそうな、夫がいっぱい残っている車に乗ったら、また涙が溢れてきました。


昼間見ると、自宅にはソファやトイレに下血の跡が残り、痛々しくて。また申し訳ない気持ちになりながらも、夫らしい服を娘と選び、病院に戻りました。


そこからは泣いている暇はありませんでした。

母の時もそうでしたが、とりあえず、知っている大きめの斎場に電話をして、夫を迎えに来てもらいました。


自宅では、夫を布団に寝かせてもらいました。

結局、家を開けたのは半日だけ。

最期まで、家で過ごした夫でした。

慣れ親しんだ自宅に戻ると、夫の顔が少しホッと、緩んだように見えました。


本当に、眠っているよう。

でも、触れると冷たくて。

不思議な気持ちでした。


できるだけ多くの方に来てもらいたかったので、2日後の連休の初日に通夜式を希望しました。

最初の斎場がNGだったので、斎場と僧侶を決めるのが本当に大変でした。

打ち合わせの連続で、ぐったり汗


そんな時、近所のママ友から、色々差し入れを頂いて、本当に助かったなぁ。

それで子供たちの空腹を満たしてましたウインク

こんな風に心遣いができる人になりたい、と心底思いました。


夫は、暗証番号がシンプルでチュー

6桁のパスワードも楽々クリア!

携帯その他、全部開けられて本当に助かりました。

これがNGだったら、と思うと恐ろしい!

主だった所には、素早く訃報を送ることができました。


その晩、車で2時間もかかる所から駆けつけてくれたお友達もいました。

緩和ケアに入ったら、ぜひ呼ぼうと思っていたお友達。その時間が取れなかった事も、後悔の一つです。


その翌日には、葬儀社の方が納棺の儀に来られました。

私と子供たちと3人で。

一つ一つの手順で儀式を進めて行きました。

装束を着て、足袋を履かせて。

お布団で寝てた時は、いつものパパだったけど、儀式を進めていくごとに、少しずつ現世から遠ざかって行くような感じがしました。


もう、戻っては来ないんだね。