翌朝、けんちゃん達東京組と宿を出発しました。途中で教え子の高校生達も加わりました。けんちゃん達が前日にトラックで運んできてくれたものを支援センターというNPO団体の主催する支援物質の配給会場となる市役所前の広場に運びこみました。
そこで、団体の幹部の木村美保子さんと打ち合わせをしてから、間もなく配給が始まりました。
始まるや否や、ものスゴい人の数に圧倒されました。
同時期に、石原軍団も中央公民館で炊き出しをおこなっていて、そちらも人がいっぱいだと聞いたので、この頃は余程、物資が不足していたのでしょう。
2トントラック分の食料は、ものの数分で無くなりました。後から、他の団体によって物資が次々に運びこまれても、すぐに無くなります。
そんな状態で配給は午後3時まで続きました。
東京組はお昼過ぎに帰る予定でしたが、人手不足ということもあって、最後までお手伝い頂きました。
配給を終えた私達は、眼下に太平洋や北上川を見下ろし、遠く牡鹿半島や金華麗山を見渡せる日和山に行きました。
山頂までは会場から車で5分で到着出来ます。
駐車場に車を停めて、展望台まで歩いていった私達は、そこでまた凄惨な光景を見たのでした。
そこで、団体の幹部の木村美保子さんと打ち合わせをしてから、間もなく配給が始まりました。
始まるや否や、ものスゴい人の数に圧倒されました。
同時期に、石原軍団も中央公民館で炊き出しをおこなっていて、そちらも人がいっぱいだと聞いたので、この頃は余程、物資が不足していたのでしょう。
2トントラック分の食料は、ものの数分で無くなりました。後から、他の団体によって物資が次々に運びこまれても、すぐに無くなります。
そんな状態で配給は午後3時まで続きました。
東京組はお昼過ぎに帰る予定でしたが、人手不足ということもあって、最後までお手伝い頂きました。
配給を終えた私達は、眼下に太平洋や北上川を見下ろし、遠く牡鹿半島や金華麗山を見渡せる日和山に行きました。
山頂までは会場から車で5分で到着出来ます。
駐車場に車を停めて、展望台まで歩いていった私達は、そこでまた凄惨な光景を見たのでした。