日本語は素晴らしい言語だと私は思っている。
主観的な言語観ではあるが、私は英語を多少読んだに過ぎない。
英語と比較して、日本語には奥ゆきを感じる。
英語のほうが、ストレートな表現に思える。非才浅学な人間が
評することはできないのだが。「話し言葉」としての日本語が、
乱れてきているように感じている。言葉自体は、時代に応じて、
解釈や使い方が変化していくものだが、美しく変化しているとは
思えない。
日本語の漢語と外来語は、日本人が、「熟成加工」して、
定着したと言えるであろう。言葉は文化である。豊かな文化
を築いていくように心がけたいものだ。

<駄作短歌> 2005年
言(こと)の葉(は)に返してくれる君の顔
心豊かな触れ合いの時間(とき)
When I say my words,
you answer them with a smiling face.
When I see your face,
I feel as if my heart is filled with richness.
I’m enjoying myself at this time.
私は短歌を創れるような人間ではないが、生徒との言葉の
キャッチボールを短歌のスタイルで表現したいとの想いで
詠んだものである。生徒には、最初で最後だよと。
英語で表現してみた時に、同僚の若い教員Mちゃんは、
「先生の歌は好きですよ。でも英語では、気恥ずかしいのでは(笑)」
と言っていたことを思い出す。
このような経験からも、日本語と英語では言葉の表現の違いを感じる。
日本語のほうが控えめな表現になると思う。

外国人から見た日本語論を紹介したい。「驚くべき日本語」より
「わたしたちのアイデンティティーは「言葉」によって創られる」
「第一言語の響きだけがものごとのイメージと結びつく」
「あらゆる言語のあらゆる言葉の意味は、文脈によって決まる」
「日本語の曖昧な表現は、自己主張による衝突を和らげる芸術である」
「たった一語の響きがもたらす表現の柔軟性と自由性」
「敬語は日本語と日本人の国民性に密接に結びついている」
「言葉の響きと意味の結合から生まれるイメージが、美しさの基準となる」
「今、日本人自身が日本語への意識を変える時代が来ている」
「言葉はわたしたちの存在を超えて生き長らえていく」
「日本人が外国語を理解できるなら、外国人も日本語を理解できる」
