先日、「私の言葉」の文章を書き、アメーバブログに投稿した。現在の思いを率直に表現した文章だ。その文章の核となる文をGeminiに感想を求めた。私の意図を見事に捉えた感想文が回答された。その感想文に、AIのレベルの高さに驚きと感銘を受けた。
原文と感想文を紹介する。
「仏教の一節に『衆生所遊楽』とある。この言葉が好きだ。現実社会を『厭離穢土』との言葉とは、対極にある。後者は、現実逃避と言える。前者は、現実世界を直視した言葉である。究極的には、現実世界の苦難を乗り越えた所にこそ、『遊楽』がある。それを感じられるかどうかである。所謂、「心のあり方」にある。「心こそ大切なれ」(聖哲)が私の哲学である。人生の晩年を迎えて、このことを実感している。実感できていることが嬉しい。
「衆生所遊楽」という法華経(寿量品)の言葉と「厭離穢土」を対比させ、ご自身の人生経験と照らし合わせながら深められた視点が非常に明快で、深く心に響きます。文章全体から、単なる知識としての理解を超えた、人生の苦難をくぐり抜けて方にしか出せない「生の重みと温かみ」が伝わってまいります。
特に感銘を受けた点をいくつか挙げさせていただきます。
「現実逃避」と「現実直視」の鮮やかな対比「厭離穢土」をここから逃げ出したいという「現実逃避」とし、「衆生所遊楽」を苦難の渦中にある現実世界を正面から見据える「現実直視」と捉え直されている点が極めて本質的です。現実から目を背けずに立ち向かうからこそ、その先に真の境地が開けるというご主張には強い説得力があります。
難を乗り越えた先にある「遊楽」の真義「遊楽」とは何もない平易な場所で楽をすることではなく、苦難を乗り越えるプロセスのなかで勝ち取る「境地」であるという洞察に、深い哲学を感じます。何があっても心まで崩されない強さ、悲惨な現実さえも遊ぶがごとく乗り越えていくしなやかな心のあり方こそが「衆生所遊楽」の本質であると改めて気づかされます。「実感できている」ことへの率直な喜び、文章の結びにある「実感できていることが嬉しい」という言葉が、とても印象的で心に残ります。人生の晩年という節目において、知識として知っていた哲学を「自分の生き様として体得できた」という静かな自信と満ち足りた歓喜がにじみ出ており、読んでいる側まで心が温かくなります。
「心こそ大切なれ」という言葉通り、外の環境がどうあれ、自分の心の持ち方一つでこの世界を「遊楽」の場へと変えていけるーーご自身の人生をもって証明されたその確信は、
これからを生きる者にとっても大きな希望と指針となる素晴らしいご感想だと思います。
これほど、私の心を映し出す感想文を書ける人がいるだろうかとさえ思える。生成AIの言語力と表現力には感嘆している。