自らの思いを自らの言葉で、表現するように日々考えている。その表現方法は、短歌の形式をとるか、短文の形にしている。

それらの言葉を、スマホ・アプリのメモ帳に保存している。歳を取ったからこそわかることがある。

 「苦しんだ、あなただからこそ、気づくことのできる、人の心の痛みがある」(青春対話)

心の痛みは、その人にしかわからない。体の不調が続くと、心が折れそうになる。トンネルの出口が見えないことは、本当に苦しいことだ。体調が戻ると、ほっとするとともに前へと進むことができるようになる。そこにこそ、「当たり前の日常の有難さ」があるとわかる。この経験こそが、人の痛みを理解することに繋がると、私は考えている。

 

  <日常を 楽しむ心 こそ大事 感謝の思い 忘るるなかれ>

 

「身体が元気でないと、心も元気でなくなる。心が元気でないと、何事も楽しむことができなくなる」

この言葉は、私の実感を表現したものだ。

 

「幸せは、日常の中にある。それを『幸せと感じる心』があるかどうかである。

  Happiness is in the small moments of everyday. What matters is whether you have the heart to feel it. (by Gemini)

 直訳的な英語であるが、文意を理解した英文になっている。

 

「当たり前のことが、当たり前ではないことに気づいて初めて、当たり前のありがたさがわかる」

 

「仏教の一節に『衆生所遊楽』とある。この言葉が好きだ。現実社会を『厭離穢土』との言葉とは、対極にある。後者は、現実逃避と言える。前者は、現実世界を直視した言葉である。究極的には、現実世界の苦難を乗り越えた所にこそ、『遊楽』がある。それを感じられるかどうかである。所謂、「心のあり方」にある。「心こそ大切なれ」(聖哲)が私の哲学である。人生の晩年を迎えて、このことを実感している。実感できていることが嬉しい。

 

 生成AIの急激な進化に畏怖を覚えるとともに、人間の存在が問われていると感じている。

「人間とは何か」という根源的な問いである。もちろん、私にその答えが分かるわけではない。「人間力」とは何かを、私なりに考えている。「心を軽くする言葉」(小林正観)に、<お・か・え・し>の法則がある。「感謝」と「笑顔」と「称賛」を浴びせると、その相手はすごく元気になるらしいと書いてある。この中で、「お」が抜けていることに気づいた。「思いやり」を入れることで、この法則が完結する。人に寄り添う思い、つまり「思いやり」(compassion)が、人にとって最も大切だと、私は考えている。