<平安時代の結婚>

 平安時代の結婚は、「婿取り婚(招婿婚)と一夫多妻制が基本でした。特に貴族社会における結婚制度や習慣には、当時の政治構造や生活様式が色濃く反映されている。

 

 1. 基本的なスタイル:婿取り婚

男性が女性の邸宅に通う「通い婚」から始まり、最終的に男性が妻の実家と同居する形が主流でした。

 ①    財政的な支えは妻の実家:子どもの養育や生活費の大部分は、妻の父親(婿の義父)が負担した。

 ②    政治的背景:男性の出世や政治力は「実家の経済力」と「義父の後押し」に強く依存していた。藤原氏による摂関政治も、娘を天皇の后にして生まれた子を摂政・関白にすることで権力を握る仕組みです。

 

 2. 求婚から成立するまでのステップ

出会いから正式な夫婦と認められるまでには、風流かつ決まった儀礼プロセスが存在した。

 ①    和歌の贈答(垣間見と文):男性は噂などを頼りに女性の邸宅を覗き見(垣間見)したり、和歌を添えた文(手紙)を送ってアプローチする。

 ②    三日夜の餅(みかよのもちい):男性が3夜連続で女性のもとえ通うと結婚が成立する。3日目の夜に、二人の前で小皿に盛られた餅を食べ、実家や親族に披露する(所顕・ところあらわし)が行なわれた。

 ③    後朝の歌(きぬぎぬのうた):通い始めた初期、朝帰りの男性は自邸に戻ってすぐ、女性へ愛の歌(後朝の歌)を送るのがマナーでした。

 

 3.一夫多妻制と妻の立場

  男性は複数の妻を持つことができたが、そこには厳格な身分・立場上の優先順位があった。

 ①    正妻(正室)の優位性:家柄や政治的背景が最も適した女性が正妻となり、生まれた子どもが嫡出子として優先された。

 ②    愛の冷淡と経済的リスク:男性が通って来なくなれば事実上の離婚となります。女性側にとっては、父親の力や自身の家格が保たれているかが自身の地位を守る重要な要素だった。

 

  庶民の結婚はどうだったか?

 貴族と異なり、庶民の間では労働力を確保する必要があったため、早くから男女が同居する「婿取り」あるいは双方の家を行き来するシンプルな形態が多く、一夫一婦に近い実用的な関係が一般的だったと考えられている。