<奈良時代の仏教>
奈良時代の仏教は、国家の力によって保護・統制された「鎮護国家の仏教」であることが最大の特徴です。仏教の力で疫病や社会不安、政治的混乱から国を守ろうとした。
聖武天皇と仏教政策
① 国分寺・国分尼寺の建立(741年):全国に国分寺(僧寺)と国分尼寺(尼寺)を建て、国家の平和を祈らせた。
② 東大寺の大仏建立:国家のシンボルとして、全国の国分寺の中心(総国分寺)である東大寺に華厳宗の本尊・廬舎那仏
(大仏)を造立した。
南都六宗
平城京を中心に栄えた6つの学問的学派です。現代の宗教のような「信仰」というよりは、仏教哲学を学ぶ「学問」としての性格が強くあった。
三論宗、成実宗、法相宗、倶舎宗、華厳宗、律宗
戒律の導入と鑑真
正しい僧侶を育てるため(私的に僧になる「私度僧」を防ぎ、公認の僧を与えるため)、唐から極秘裏に日本へ招かれた唐僧の「鑑真」が戒律を伝えた。唐招提寺を建て、正式な受戒の制度を確立した。
神仏習合の始まり
日本古来の神々の信仰と外来の仏教が結びつき始めた。神様も仏の教えによって救われるという考え方から、神社の中に寺(神宮寺)が建てられるようになった。
民衆への布教活動
国家仏教は、基本的に貴族や朝廷のためのものだったが、「行基」のような社会事業(橋の建設や溜池の整備など)を行いながら民衆へ仏教を広めた僧もいた。行基は当初朝廷から弾圧されたが、後に大仏建立の協力者(大僧正)として重用された。
政治との接近
国家と深く結びついた結果、「道鏡」のように僧侶が政治の権力を握りすぎる問題も発生し、これが次の平安時代における平安京(京都市街)への遷都や、新たな仏教(密教・天台宗や真言宗)の誕生へとつながっていった。