平安時代は、平安京(京都)遷都(794年)から、鎌倉幕府成立(1185年または1192年)年頃まで、約400年間続いた日本の歴史区分です。

 それまでの唐(中国)の影響を受けた政治や文化から脱却し、日本独自の貴族文化(国風文化)が開花した時代であり、同時に権力の中心が「天皇」から「藤原氏(摂関政治)」、上皇(院政)」、そして武士(兵士)」へとめまぐるしく変化した時代であった。

 

   <主な特徴と時代の流れ>

 1. 平安遷都と律令政治の再建

 桓武天皇(50代)が都を長岡京から平安京へ移した。都の風紀を乱していた奈良の寺院勢力から距離を置き、国家の政治(律令制)を立て直すことが目的でした。

 2. 藤原氏の摂関政治

 藤原氏が娘を天皇の妃にし、生まれた子を天皇に立てることで、幼少時は「摂政」、成人後は「関白」として実権を握った。藤原道長・頼通の親子のもとで全盛期を迎えた。

 3. 白河天皇の院政

 天皇が譲位して上皇となり、天皇や藤原氏の権力を抑え込む狙いがあった。

 4. 武士の台頭と平氏政権

 保元の乱・平治の乱を経て、皇室や公家の争いに武士が介入。平清盛が太政大臣となり、武士として初めて政治の実権を握った。

 

  平安文化のポイント:国風文化

 894年に遣唐使が廃止されたことで、中国風の文化をそのまま取り入れるのではなく、日本の気候風土や感性に合わせた国風文化が発達した。

 ①    かな文字の発達

 漢字を崩した「ひらがな」や「カタカナ」が普及。これにより女性文学者が活躍し、紫式部の「源氏物語」や清少納言の「枕草子」という名作が生まれた。

 ②    貴族の生活様式

 住宅は「寝殿造」と呼ばれる広大な様式になり、衣装は女性の「十二単(じゅうにひとえ)」のように華やかでゆったりした和風衣装へ変化した。

 ③    浄土信仰と阿弥陀堂  

社会の混乱や末法思想の広がりから、「死後は極楽浄土へ行きたい」と願う浄土信仰が流行した。藤原頼通が建てた平等院鳳凰堂などが代表例。