あらゆる動物の中で、人間が唯一コミュニケーションツールとして言語を持っている。人間は、社会的な動物である。言語は文化である。言語の違いは、文化の違いである。国が異なれば、言語が違うことは当然である。そこに「言語の壁」がある。その壁を乗り越えるのが、人としての振る舞いである。大谷翔平選手の振る舞いが、文化の違いを越えてアメリカ人の心を捉えている。前代未聞の「二刀流」での活躍が評価されたことは言うまでもないが、多くの人の心を捉えたことは、彼の「人間性」にある。スーパースターでありながら、驕ることなく、謙虚な行動が、アメリカ人の心を掴んだと言える。大谷翔平選手の英語力の進歩にも驚かれている。メジャーリーガーは、大谷選手を通して日本の文化に関心を持つようになっていると聞く。大谷選手は、単なる野球選手ではなく、日本のアンバサダーである。

 衆議院選挙の結果を受けて、古館伊知朗氏のユーチューブで紹介された言葉が印象に残る。女優・橋本愛(30)さんの言葉だ。私は彼女のことは知らないが。

 「どうしてまっとうなことを言葉にするのに、こんなにも勇気が必要なんだろう」

 「戦争しない・させない、差別しない・させない。投票に行かなきゃ」

 「微力だろうと0じゃない。1は1以上の最大数の規模を孕んでいるから」

 彼女の言葉は、まさしくまっとうな言葉だ。まっとうな言葉を言うことに、勇気がいることは、よくわかる。人は一人では生きてはいけないように、何らかの組織・団体に属している。最大の組織は、国である。国は、国民によって成り立つことを忘れてはならない。国家のために、国民が存在する政治に危機感を感じている。

 私自身、教員の世界にいた。文科省の指導要領が教育を規定している。ほぼ10年ごとに改定されている。文科省の検定教科書を使わなければならない。義務教育においては、各学校に選択権はない。市町の教育委員会が採択の決定をする。高校では、学校ごとに複数の検定教科書から生徒の実情に応じて教科書を選定する。この教科書を県教育委員会に報告する義務がある。副教材は、各学校の裁量に任されているが、報告の義務はある。

 何が言いたいかと言うと、管理化された組織にはヒエラルキーがある。物事は、トップダウンで決定される。教員の世界も、年功序列である。若い人が自由に意見を言う環境にはなく、同調圧力が強い組織である。その中で、まっとうなことを言葉にするのに、勇気が必要なことを経験してきたからこそ、橋本さんの言葉が私の心に響くのだ。若い教員が、職員会議で発言することは本当に勇気がいることだ。一般には知られていないが、職員会議は決定機関ではない。議論されても賛否を決議することはない。校長に決定権がある。学校は、校長に権力がある。その校長も。教育委員会の決定に従わなければならない。教育委員会は、文科省の管轄下にある。これが、日本の教育界の組織図である。

 私自身は、「言葉の力」を信じて生徒に本音で話して来た。私にとって、生徒の反応が一番怖かった。生徒はよく見ている。言行が一致しないと信頼を失う。心の思いには「言葉の力」があることを信じ、歩んだ教員人生に自負がある。