言葉は難しい。同じ言葉でも、理解の仕方と熱量で違いが生じる。言葉は、人それぞれの価値観に根ざす。言葉は心の表現であり、人の内面を映し出す。言葉には、使う人の知性や品格が表れる。

 23日、衆議院が解散された。27日公示、2月8日投開票日と決まった。あまりにも拙速な解散だ。解散の大義はあるだろうか。あるとはとても理解できない。議員の重要な責務である予算の審議もしない。政府の責任も果たさない。高市総理の「自己都合解散」としか言いようがない。日本は、議院内閣制であり大統領制ではない。高市総理の是非を問う選挙ではない。国民に白紙委任状を突き付けたと言わざるを得ない。まさに「大義なき選挙」と断じざるを得ない。高市総理個人の人気頼みの自己都合解散そのものだ。

 高市発言を検証する。食料品消費税ゼロについて、「国家の品格として」→「レジ回収に時間がかかる」「物価高騰の対策として即効性がない」→「悲願」「物価高の負担軽減」発言は、無責任さと不誠実さを如実に物語っている。場当たり的な言葉は、国民の信頼に値しない。しかし、高市支持者はこの言葉の変遷を疑問に感じないのであろうか。高市総理の言葉には、知性と品格を感じることはできない。パフォーマンスには長けているが。

 世界情勢は、「分断と対立」が煽られ平和そのものが脅かされている。トランプの狂った「力の支配」により、世界の秩序が混乱し民主主義が破壊されている。日本政府は、トランプに対して何の発信もしていないし、発信できないと言っても差し支えないだろう。

 高市総理の電撃解散表明により、政局が大きく動いた。野党の立憲と公明が新党「中道改革連合」結成に踏み切った。両党の支持者にとっても、「寝耳に水」の出来事だった。昨年10月、公明党の与党連立離脱まで、両党は与党と野党として政治対決してきた。「青天の霹靂」の出来事である。新党中道は、「生活者ファーストと平和」を基本理念に掲げた。公明党の政権離脱の最大の要因は、「政治と金」の問題である。高市総裁は、この問題解決の姿勢すら見せることはなかった。今回の選挙では、再び「裏金議員」を公認している。裏金問題に象徴される「自民党の政治と金」の体質は全く変わってはいない。

 「政治は何のためにあるのか」。つまり目的論である。政治は、「国民の幸福と平和のため」にあると私は信じる。具体的な政策は、目的を達成するための手段である。国家のために、国民が存在しているのではない。国民のために、国家が存在している。目的と手段を見失うと本末転倒である。

 多くの国民の関心は「物価対策」にあるが、日本の針路を左右する大事な選挙であることを肝に銘じるべきだと思う。戦前回帰の「戦争をできる国」にするのか、戦後の「戦争をできない国」を維持するかの大きな岐路に立っている。「国民の・国民による・国民のための」政治が民主主義である。「民主主義」の持つ言葉の力を大事にしなければならない。日本の将来のために、新党「中道」の躍進を期待している。