昨日(10日)、不定期の三人会を持った。場所は、地域内の「おうちカフェ茶まり」に決まっている。幹事的な役割は、私がしている。私の体調にも関係しているが、半年ぶりにセッティングした。 以前にも書いたが、三人は元自治会の役員をした仲間である。8年前の2017年度に、Hさんは区長(自治会長)、Nさんは、会計理事、私が総務理事だった。副区長を含め4人の執行部の役割を担った。Hさんは、西地区の会長・裾野市連合会長兼任の激務だった。
私は、任期終了後にHさんとNさんに、三人で話しをする機会を提案した。2018年にその機会をセッティングした。ちょうど、「茶まり」のオープン直後だった。場所は決まったので、日時を調整して、最初の「三人会」を開いた経緯がある。テーマのないフリートークであった。ランチをしながらの雑談の時間が5時間に及んだ。それから7年間継続している。昨日も、時間を忘れての話しになり、4時間を越えていた。楽しい時間を過ごした。地域に気軽に話しができる友人の間柄になっている。お互いのキャリアが全く違うだけに、学び合う機会にもなっている。Hさんだけではなく、Nさんも区長を経験していることから、いつも区の課題が話題になる。雑談のために、さまざまな話しになるのだが。
ここに書くことができないような話題もある。今回の話題の一つが「人間関係」の話しになった。三人のキャリアは全く異なるが、それぞれの現場にいたことが共通している。その視点からの話しになった。どこの世界も、人で成り立っているために、同じ原理が働いている。「偉くなる」との言葉の捉え方だ。組織の中で、役職の昇進が出世するとの考え方が一般的になっている。その組織の出世に価値を置く人が多い。出世すると「偉くなった」と錯覚する人が実に多い。役職は仕事の役割であり、昇進すればするほど「責任」が重くなる自覚がない人間が多くいる。「謙虚さ」がなくなり、「上から目線」のものの言い方や態度を取るようになる。今でこそ、「パワハラ」問題になるが、なかなか表面化することはない。どこの世界でも、パワハラを日常的な問題と捉えることができる。フジテレビ問題、兵庫県斎藤知事問題が表面化したが、氷山の一角と見るのが私の捉え方だ。斎藤知事は、第三者委員会の結論を否定している。彼の表情から冷徹さを感じ、嘘をついているとの認識は変わらない。情報漏洩の指示があったことは明らかではないか。第三者委員会の結論の方が信じられる情報と言える。エリート官僚出身の典型的な政治家だ。彼は、東京大学経済学部卒の総務省官僚の出身だ。首長は、元総務官僚が多い。国家公務員総合職に合格したトップクラスが、財務官僚になる。財務官僚が、予算編成の実権を握っている。官僚の中の官僚と言われる所以である。もちろん決定権は、国民の代表である政治家にあることは言うまでもない。前日銀総裁の黒田氏は、東京大学法学部卒の旧大蔵省の財務官僚である。超エリート官僚である。日本の金融政策の実権は、日銀総裁にある。政財界の要職に、東大卒のエリートが多くいる。彼らが日本を動かしていると言える。何が言いたいのかと言うと、地位の高い人間やエリートが人間として偉いわけではない。彼らの立場は、公的・社会的責任の重さにあると言うことだ。政治家も、選挙の前後では180度態度が変わる人間が多い。「人間性」を見抜く必要がある。
我々三人の視点は、現場目線での話しだ。現場の人間関係を見て来た人間の実感でもある。日本の組織は、上に引き上げる人がいて、そのおかげで昇進するシステムである。仕事の能力とは別問題と言いてもいいだろう。世間では、自らが選んだ政治家を「○○先生」と仰ぐこと自体が、私には理解できない。上級官僚も政治家も公僕である。社会のために働く使命がある。「私利私欲」の人間を信用してはいけないとの思いだ。
私たち三人のキャリアにおいて、組織の「上下関係」の度合いに違いはある。しかし、人間の本質は変わらない。人間は「自我」が強く、「自己利益」を求める。私自身も例外ではないが、人としての「謙虚さ」が大事だと思っている。この点に関して、三人の考え方が共有しているとの認識である。我々の語らいは楽しいだけではなく、とても有意義である。