安倍元総理銃撃事件以来、旧統一教会が社会問題になり、連日メディアで報道されている。容疑者の犯行は、決して許されることではない。しかし、この犯行によって、旧統一教会と政治家との関係、中でも、安倍派議員との癒着が明らかになったことは皮肉である。

 宗教と政治の問題と論点が広がっているが、教団と政治の関係に特化すべきだと思う。憲法では、「信教の自由」はすべての人に認められている。政治家も例外ではない。しかし、その教団及び関連団体が「反社会的行為」を行っていたならば、公職の立場にある議員が「その認識がなかった」、「知らなかった」では、済まされない問題である。

 旧統一教会に関しては、原理研究会がその学生組織との認識はあったが、詳しいことは知らなかった。1980年代には、統一教会信者らによる「霊感商法」が社会問題になっていた。1992年8月、ソウルオリンピックスタジアムで統一教会の「合同結婚式」が開かれ、歌手の桜田淳子が純白のドレスに包まれた映像がビッグニュースとなった。この30年間に、その記憶は風化し忘れられていたと言える。被害者の会の弁護士たちは、霊感商法問題を追い続けて来ていた。我々はメディアで何度も報道されない限り、関心が薄れてしまう。今や、我々の最大の関心事になっている。

 文鮮明によって1954年に韓国で創設された「世界基督教統一神霊教会」から、「世界平和統一家庭連合」への名称変更が文化庁で認可されたのが、2015年の安倍政権の時だった。先日の野党合同ヒアリングで、元文科省事務次官の前川喜平氏は、「政治の力なしに認可はあり得ない」と語った。当時の文科大臣は、安倍派(清和会)の下村博文氏だ

 自民党・萩生田光一政調会長と地元八王子の旧統一教会との関係がメディアの追求にあっている。彼は、八王子市議3期、八王子選挙区都議1期を経て東京24区から衆議院議員に選出された。2009年の総選挙で自民党が大敗した時には落選している。週刊誌報道に対する質問に対して、「選挙の応援をして頂いたかもしれない」が、旧統一教会との関係は否定している。今後は、教団との関係を断つとは明言していない。このような議員連中を信頼することはできない。国民の信頼なしには、政治の存在意義はない。

 今朝の毎日新聞・時代の風に、藻谷浩介氏が「コロナ禍と安倍元首相銃撃」と題する文を寄稿している。「不合理改められぬ日本」とのタイトルがつけられている。この文章の結論部分を引用する。

 「平和な日本を取り戻すには、『警察も司法も行政も、公正に十全に機能している』という信頼が、社会の中で共有されなければならないのだ。選挙を重んずべき民主主義社会だが、人事に介入する政治家へのそんたくが過ぎて、社会秩序の骨格を損なっては元も子もない。

 変化する状況にアンテナを張り、一度信じ込んだ知識を疑い、不合理になった制度や行動は改める。政治家が自らを正すことに期待できない中、司法や行政がこれを率先しなければ、世界の中での日本の居場所は、どんどん狭くなってしまうだろう。問われているのは、組織の中枢にいる方々の自覚と覚悟だ」。

 私は、信頼こそ人間社会の根幹だと思っている。