仏教由来の言葉に「人を見て法を説け」とある。松下幸之助氏は、「指導者は、同じことでも相手により説き方を変えることが大事ある」と、指導者論として捉えていた。
私は、教育の視点から捉えている。「教師は、生徒の理解力に応じて、物事を教えよ」と解釈することができる。教育では、最も大事なことだと思っているからだ。
私が、このことを実感として理解するようになったのは、50代の中頃だ。その頃に、「教師が天職だ」と思える時間を過ごすことができた。同年代の管理職には、味わえなかったことだろう。この年代で、生徒との直接的つながりは、授業か部活動しかない。管理職は、通常この二つを経験することはない。私の場合は、授業を通じての生徒との触れ合いである。2005年に、詠んだ唯一の短歌に「言の葉に 返してくれる 君の顔 心豊かな 触れ合ひの時間(とき)」がある。私の気持ちを素直に表現して、生徒に印刷して渡したものだ。同僚の若い女性教員は「先生のこの歌好きですよ」と言ってくれたことも記憶している。本当に楽しい授業を行うことができたことを生徒に感謝している。副鼻腔炎を抱えていながらの授業だった。2002年から2007年の5年間は、教員生活で最も充実し楽しかった時間だと記憶している。2007年には、副鼻腔の手術をしている。
では、どのような授業していたのか。まさに、生徒の学力と理解力に沿いながら、教材に関わる話題の余談を交え、教材を使った授業をした。私は、板書する時以外は、教壇から降りて説明や話しをしていた。生徒と同じ立ち位置にあることを大事にいていたからだ。生徒が理解しにくい個所や躓くような個所は想定していた。一例を挙げることにする。3年生の選択の授業で、二つの集団に分けて、同じテキス トを使い、もう一人の同年代の教員とそれぞれが別の集団を持った。ある生徒は、「先生の授業はとても分かり易いけど、もう一人の先生の授業は、分かりにくいと友達が言っているよ。どうしてなのかが知りたいので、その授業を受けてみたい」と私に言っていたことを、よく記憶している。同僚と私の違いは何だろうと考えた時に、教える私たちの学力の差ではなく、「生徒に対する理解力の差」だと容易に分かった。それが教える技術の差になっていた。もう一人の教員との人間関係は、二つの学校に亘っている。彼の場合は、自分の方へと引き上げようとする教え方だ。私の場合は、生徒の方へ降りて、教えたいことを説明し、引き上げるやり方である。端的に言うと、教え方の違いつまり方法論の違いとなるが。しかし、定期試験の平均点には、あまり差が出なかったことも事実だ。
私は、生徒の学習方法として、「暗記学習はするな」と言ってきた。理解することを 重視するように言ってきた。わからないことは、遠慮しないで訊きなさいとも言ってきた。生徒の学力や理解力に応じて説明できる教え方は、長い教員生活で身に着けたものだ。私の教員人生における財産となっている。