私は、物事を自分で考えるタイプの人間だ。経験を踏まえて考えたことを、自分の言葉で表現し、発信する機会ができるようになった。FBに、「名言・格言・いい言葉」と「感動の言葉は心の支え」のグループがある。この二つのグループで約10万の人がいる。これらのグループから投稿へのリアクションも多く、コメントも寄せられる。そのコメントの中には、私自身が気づかないような点が書かれているので、参考になる。リアクションをモチベーションにして発信する楽しさを知った。発信の言葉とその説明を記すことにする。

1)「私は、いかなる暴力や戦争に反対します。暴力と戦争に大義はない。いじめや体罰も同じです」

 「暴力」により相手を倒すことには、絶対に同意することはできない。「いじめ」は実に陰湿な行為で、相手の気持ち(心)を傷つける。昭和までの学校教育で、指導という名の下に、教師による「体罰」が黙認されてきた。法律では、禁止されている行為であるが。私は42年間の教員生活で、体罰による生徒指導を行ったことはない。「対話」による指導が当然なされるべきとの考え方に基づく。生徒指導には、生徒の「納得」が伴わなければならない。対話を繰り返すことで、納得するまで話しをすることが大事だと思っている。

2)「戦争は、国家による殺人行為だ、戦争に大義はない。戦争は絶対悪である」

 多くの尊い命を犠牲にするのが戦争である。戦争は、生命の尊厳を冒す犯罪である。

3)「日本の安全保障に関して、冷静な議論を求める。感情論になるべきではない。憲法9条が国を守る、守らないとの議論は意味がない。『憲法は、権力抑制するためにある』からだ。」

 ロシアによるウクライナ侵攻が行われた。プーチンは、侵略戦争の暴挙に走ったのだ。この時代に、まさかとの思いを抱きショックを受けた。ロシア(核保有国)の軍事力が圧倒的に勝っていることは、誰でも知っていることだ。ロシアの暴挙を強く非難したい。

 小沢一郎氏のツイッターを引用する。「ウクライナ情勢を念頭に、安倍氏をはじめ自民党の議員たちが憲法改正やら防衛力増強、核配備など、わあわあと盛んに騒ぎ始めている。一番冷静になるべき政治家が人々を扇動してどうするのか。かつてこのような手合いが野心や利権から国を破滅寸前まで追い込んだ。また繰り返すのか、最後に決めるのは国民」

 コメントなどからは、自衛のための戦争は正義であるとの意見があるが、侵略と自衛に関わらず戦争は悪であると私は考えている。戦争の犠牲になるのは一般市民である。市民の命を奪う戦争に正義はない。憲法9条には、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段として永久にこれを放棄する」とある。又、戦力不保持と交戦権の否定が書かれている。現実には、自衛隊という名の軍事力がある。国民の8割が自衛隊の存在を認めている。実質的には、日本国民は、自衛のための戦争を否定してはいないと捉えることができる。とにかく、戦争状態にならないように、「外交努力を続けろ」と考えるのが国民の多数だと思っているが。軍事力増強や核配備の議論は論外との認識だ。21世紀を戦争の時代にしてはならない。