私たち夫婦は、今年で結婚50年目を迎えた。4月29日が結婚記念日であり、今年は「金婚式」となる。まさに、「光陰矢の如し」だ。Time flies.

 12日に、妻は左膝の手術のために、清水町の岡村記念病院に入院した。13日の午前中に手術が行われた。私は手術の間、2階の控室で待機していた。手術前に顔を合わせ、手術後に手術室に案内され、顔を合わせることができた。後は、退院の連絡を待つだけで、面会は禁止であった。コロナ禍のために、やむを得ないことなのだが…。

 私は恥ずかしながら、結婚してから家事をしたことがない。植木等の歌に「炊事洗濯まるで駄目」の一節があるが、まさにその通りの生活をして来た。男は仕事、妻は家事の分業を貫いてきた。現在の社会では、ジェンダー平等に反していることになる。妻に支えてもらって現在の私があると、妻には心から感謝している日々である。口に出して言うことはないのだが。<妻有りて 今の我あり 有り難し 共に歩みし 人生の道>の短歌を捧げたい。

 現在の妻の状態は良好だと聞いて安心している。私の人生は、妻がいてくれたおかげで歩んで来られた。私の最大の不安は、妻に先立たれることである。お互いの死は、全くわからない事は承知しているのだが。私にとって、妻は心の支えであり、家庭を支えてくれている最も大事な存在だ。いくら感謝しても感謝し過ぎることはない。

 妻は、入院中の間の私の生活を心配している。50年前の独身寮での2年間の生活を思い出す。寮母さんがいたので、炊事の心配はいらなかった。洗濯は、共同の洗濯機を使っていた。一部屋の掃除もやってはいた。当時は、部屋はきれいに片付いていた。50年の時の変化はあまりにも大きい。電化製品は、機能も良くなり自動化が進んでいる。アナログからデジタルへと変化してきた。私のようなアナログ人間は、デジタルの世界に対応することは、実に大変ではある。全自動洗濯機にしても、二つの操作と洗剤と柔軟剤を入れるだけだが、このことすらやったことがなかった。昨日の土曜日は、初めて外食をしなかった。朝食は、キャベツとハムと卵をフライパンで炒め、パンとコーヒーで澄ませる。昼は、インスタントラーメン、夜は冷凍食品で済ませただけなのだが。この程度の経験すら、今までしてこなかった。生活の自立ができなかったことが、私の人生における最大の問題なのだが。

 今日は、午後から裾野俳句会がある。その投句の一句を紹介する。<入院の妻を案ずる霜夜かな> 私の素直な気持ちを表現しているだけの句に過ぎないが。俳句としての評価は、私にはわからない。季語の霜夜に思いを重ねている。

 今は、一日も早く妻の元気な顔が見たい。また平凡な日常が戻ることを望んでいる。今年はコロナが収まったら、妻とゆっくり旅行へ行きたいとの思いが強い。