友人との会話で「反面教師」との言葉が出てきた。反面教師とは、悪い面の見本で、それを見るとそうなってはいけないと教えられる人や事例のことである。 

 私にとっての最初の反面教師は、父親である。子供の頃から、父親の悪い面を見てきた。小さい時から、私自身は、父親には「かわいい子」であった。それ故に、父親からは大事に育てられたことは、事実であり、感謝もしている。その反面、弟は厳しく育てられた。母親が病気がちで、二人の子供の面倒を見ることができないことも、原因の一つではあるが、弟が父親からの愛情を受けなかったために、反抗的で親の言うことを聞かない子供になってしまった。その後もいろいろな経緯があるが、父親を憎んだまま大人になってしまった。憎しみからは、ネガティブなことしか生まれてはこない。私にとっては、人としての大きな教訓になっている。

 私は中学校の頃に、俗にいう「悪ガキ」の連中を目にして来た。弟のことを見てきたことから、その連中の「家庭に問題がある」との考え方をしていた。一言で言うと、親の本当の愛情に恵まれてはいないということだ。その頃から、子供の躾と家庭の教育の大切さを感じていた。

 学校の教師で一番良くないことは何か。それは生徒への「依怙贔屓」である。生徒に対し好き嫌いを態度に表す教員が少なからずいたことは忘れることはできない。今でも、その傾向は変わってはいないだろう。生徒は実に敏感である。所謂「いじめ」の問題にもなりうることだ。その自覚がない教員は、教育には不適格であると言っても過言ではない。

 現在、社会問題になっている日大の前田中理事長の脱税容疑、自民党の泉田衆議院議員に裏金告発された星野県会議員の問題が、メディアで報道されている。田中理事長は、「日大のドン」として長い間権力を握ってきた。星野県議も「新潟のドン」として自民党新潟県連を牛耳ってきた。巨大組織の「権力者の不正」と「政治家と金の問題」が、再び浮上してきている。19世紀の思想家、ジョン・アクトンの有名な格言に「権力は腐敗の傾向がある。絶対的権力は絶対的に腐敗する」とある。権力者の持つ支配欲と金銭欲は果てしないものだ。

 私は長い間「組織悪」の問題を考えてきた人間である。「反骨精神」は、学生時代から現在まで持ち続けてきている。「上意下達の論理」」が、大きな組織にはまかり通っている。権力者に忖度する人間が出世するシステムになっている。組織には、それなりの「理念」があるはずだ。その理念に基づく信念を持つリーダーがいないのがとても残念である。

 教員の世界を例に挙げれば、「生徒のための教育」は建前になり、本音は、「自分のため」の保身になっている管理職は少なくはない。学校の不祥事が起きることは、校長及び任命権者である教育委員会の責任が問われることにもなる。現在の学校組織は、管理体制が強くなり、官僚的な体質に近くなっていると、私は思っている。良し悪しはともかく、個性的な教員が非常に少なくなっている。「おかしいことをおかしい」と言える教員がいなくなっているのが現状だ。「人事管理」が強化された結果なのだが。

 人間の持つ悪性を批判することは簡単であるが、自分の身に充てて考え行動することは実に難しいことだ。しかし、反面教師として、自らを律する人間及びリーダーを強く望む。