やっと「楽しむ心」が戻って来ていると感じる。

一昨日に富士山に雪が積もったので、雪化粧の富士山になっている。今日は、雲一つない好天になったので、青空に映えて富士山がとても美しかった。このように感じるのは、本当に久しぶりのことだ。朝食後、246号沿いにあるラーメン店に駐車して(後で店主の許可をもらったのだが)散歩しながら、富士山の写真を撮った。とても気持ちの良い一日のスタートになった。

 先日、次男が結婚の相手を連れてきた。この結婚の話しはあまりにも突然のことだった。電話で「結婚するから」と聞いた時に、妻はただ驚くばかりであった。私は2階にいたのだが、妻の驚きの様子から何の話しか想像がついたくらいだ。私たち夫婦にとって、次男の結婚は、望んではいたが、現実の話しになるとは信じ難いことだった。次男の結婚については、私たち夫婦もそれぞれの思いを抱きながら、将来のことを心配してきた。高齢になった時に、パートナーがいないのは寂しいと思っていた。我が子の結婚は、私たちにはどうすることもできない事だった。本人次第であり、人生の選択でもあった。出会いがなければ、選択もできない事ではあるが。彼女は、10歳年下ということだった。そのこと以外何もわからないまま、彼女と会うことになった。背の高い娘というのが第一印象だった。彼女はとても緊張していて、話しをする段階には至らなかったと言うのが正直なところだ。

 ともかく次男のことでは、私自身の心が落ち着いたように感じている。正直に、嬉しい気持ちである。昨日、ラインメールで「戸籍謄本をお願いしたいです」と。私から「明日送るよ」と返事した。今日、富士山の写真を撮ってから早々に市役所に行き、郵便局から送った。「送ったよ」とラインした。すぐに「ありがとう」と返信があった。

 午後からは、御殿場へと車を走らせた。平和公園、東山湖、プレミアムアウトレットへと。もちろん、富士山の写真を撮るのが目的だ。アウトレットでは、ヒルサイドにあるタリーズコーヒーの店で、コーヒーを飲みながら、富士山を眺めている時間を楽しんでいる。

 体調が回復してきたので、「楽しむ心」が戻ってきた。11月に、学生時代の友が亡くなった。同世代の友が亡くなると、他人事とは思えなく、とても寂しく感じている。私にしても、いつ死ぬかはわからない。残りの人生、「楽しむ心」だけは失いたくはない。

 駄句ながら、今日の俳句を。

 <青空に白雪の富士聳えたり>

 <富士眺め壮快なりや冬うらら>